たなごころ―[Berry's版(改)]
3.安っぽいドラマ
 大きな欠伸をかみ殺し、笑実は職場である館内をカウンターから見渡した。試験の終わった翌日の早朝。大学付属の図書館内は閑散としている。笑実は頬杖を付き、大きく溜め息をついた。昨日、自身に起きたことを反芻しつつ。
 ――彼氏の浮気現場を目撃し、見知らぬ男性に助けられ、風呂を借りた挙句。この件を委ねてみないかと提案された。
 昨日出会った喜多と箕浪と言う名の、ふたりの男性。彼らは一枚の名刺を笑実に差し出て来た。そこには彼らの名前と『探偵事務所』の文字があった。

 笑実は崩れ落ちるようにカウンターへ額を付け、顔を伏せる。両手をカウンターの淵までめいっぱいに伸ばして。先輩や上司が傍に居れば、絶対に出来ない酷い格好だ。しかし、今は同僚も配架へ行き、笑実ひとりである。誰も居ないときくらいは、多少大目に見てもらってもいいだろう。

 昨日の話を聞いた笑実の正直な感想は。――ありえない、だ。
 まず、探偵と言う職業が信用ならない。ドラマや本、それら2次元内だけで登場してくるだけならいざ知らず。
 笑実の頭の中からは、警察・弁護士顔負けな調査や推理をやってのけ、殺人犯を追い込む小さな身体の眼鏡をかけた少年探偵がずっと離れない。あれほどまでに、身近な人間が次々と亡くなったり事件に巻き込まれるのならば、絶対にお近づきになりたくはないと、笑実は思う。いつ自分がその立場になるかわからないからだ。想像しただけで、ゾッとしてしまう。
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