たなごころ―[Berry's版(改)]
9.波立つ心
 箕浪は、小さくなる背中をただ見送る。もう、呼び止めることはしない。無駄な努力だと分かっているから。知っているから。箕浪は思う。これまで、幾人の背中を、何度見送ってきたことだろうと
 誰一人として、彼の隣で歩みを止めてくれる者はいなかった。一時は、肩を寄せる素振りを見せる人々も。最後には容赦なく、箕浪を置き去りにしてゆく。
 いつの頃からか。諦めている自分に、箕浪は気付いていた。『わにぶち』が持つ力に魅せられた人物が近づいてくることはあっても。箕浪自身に興味を持ち、関わる人間は皆無だと。幼少期に体験した、あの出来事もそうだった。
 彼女だけは違うと、心を許した時期もあったが。結果は同じだった。残ったのは、どうしようも出来ない程の深い、心の傷だけ。
 結局は。自分を守るために、箕波は殻を身にまとう。幾重にも重なったそれは、箕浪自身の知らぬ間に、固く、厚く姿を変えてゆく。

 ※※※※※※

「箕浪!」

 名前を呼ばれ、箕浪は夢現の世界から引き戻された。驚き、跳ねた身体から。大きな音と共に、手元にあった本が床へ滑り落ちる。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。箕浪の最後の記憶は、店内のカウンター内にて、小説を読んでいたところで途切れていたから。嫌な夢を見ていたような気もするが。
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