かえるのおじさま
見世物稼業
旅の一座に与えられたのは町のど真ん中、偉そうにふんぞり返った羊頭の像が見守る広場だ。

小さな屋台はすでに幾体も組みあがって祭りの風情を漂わせている。だが舞台を有する大きなテントを張るのは一座総出の大事業であった。

自分の粗末な屋台を組み終えたギャロも借り出され、男衆に混じって太い主柱をえいさと起こしたてている。

「おい、ギャロ」

ぷうっと喉を膨らませて踏ん張るギャロを、カタツムリ頭が小突いた。

「真面目にやらんと怪我をするぞ、ネル」

「や、あれ……」

女衆に混じって帆布を運ぶ美也子は小柄な体を精一杯に張ってよろけている。躓きそうになったのを見て、ギャロが動揺をみせた。

太い柱が大きく揺れて、男集がどよめく。

「おい、ギャロ! 真面目にやれよ!」

「すまん」

全身で柱に取りすがりながらも、その大きな目玉と声は美也子に向けられている。

「ミャーコ、無理するな!」

その声に応えて、美也子が明るい笑みをこぼした。

「大丈夫ー! 本当に無理だったら言うからー!」

大きな声にギャロの頬は緩む。

(言わねえくせに)

あの小さな体のどこにそんな根性を押し込めているのか、美也子は意外に気が強い。それも嫌味ではなく、届かない高さに手を伸ばして爪先立つ子供のような、傍目にもほほえましいものであるのだからギャロにとっては性質が悪い。

(さっさとこっちを終わらせて、手伝ってやるか)

間抜けなほど緩んだ表情を見取って、カタツムリ頭がにやりと笑った。

「へえ?」

「なんだよ」

「いやあ、あんな可愛い嫁さんなら解からなくはないけどさ、それにしても、あんたデレすぎ」

「な、ば! 嫁なんかじゃねえよ!」

土緑色の頬が赤くなるのを見てみんながここぞとばかりにはやし立てる。

「照れることは無いだろ。なかなかにいい嫁さんだ」

「そうか、ギャロもついに年貢の納め時か」

「で? 決め手は、やっぱ、夜の相性?」

ギャロは柱を支える腕にぐっと力を込めた。

「バカなこと言ってないで、さっさと終わらせるぞ」

ちりちりと胸を刺す心地よい痛みは何だろう。美也子とずっと一緒にいれば、この甘い痛みを日常として手に入れることが出来るのだろうか。

(それでも、お前は俺を置いていくんだろう?)

ずん、と重い音を立てて支柱が立つ。ここに防水の柿渋を染み込ませた帆布を張るのは女衆の仕事だ。身の軽い猫頭たちがするすると柱に登った。
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