大型犬を拾いました。
step1.「大型犬になつかれました。」
「あーおーいーっ!」
「………」
あの、神様。私は、どうして大型犬につきまとわれているのでしょうか。
「ねーねー葵衣!今日俺ね、サッカーで一番多くゴール決めたんだよ!」
「…………」
「葵衣!ねーねー葵衣ってばー!」
「ああ、もうしつこい!」
ほんとなんで?!ただ、シュークリームをあげただけじゃない!



たった3時間前の話である。私はいつも通りに学校へ登校していた。すると、後ろからいきなり、どすんと攻撃を受けた。
「……誰。」
痛いんだけど、と恨みを込めながら後ろを振り向くと、キラキラと目を輝かせた男の子がいた。
「あ、昨日の」
「そう昨日の!俺、松戸俊て言います!」
ふわふわの髪を揺らしながら、ふにゃりと笑う彼は大型犬そのもの。この人、前世犬なんじゃないの、ってくらい。
「名前教えて!」
「……神永葵衣」
うん、そう。っていやいやいやいや。なんでふつーに自己紹介してなごんでんの、私。いそがなきゃ学校遅れるって。
「じゃあ、また……」
「ま、待って!」
待ってって……あんたも遅れるでしょ。言いながら首を傾げれば、彼は嬉しそうに笑って。
「大丈夫!葵衣を遅刻させたりしないから!俺に任せて!」
え、いきなり呼び捨て?なんて、そんなことに驚く暇もなく。ぎゅううっと、手を握られてビックリしていると、彼は私の手を掴んだまま走り出した。しかも、犬のごとくすごいスピードで。
「え、まっ、……きゃああああ!」
もちろん私は、そんな大型犬の本気のダッシュを止められるはずもなく。


「………さいっあく。」
ついた頃には息は切れ、ぜぇはぁと肩で息をしながら下駄箱へ向かうはめに。よくついていけたな、私、偉いぞ。
「ご、ごめん葵衣!俺、ついいつもの癖で……」
松戸くんは眉を吊り下げ、必死に私に謝り続ける。てゆーか、いつもこのスピードって……早起きしろよ。
「はあ。もういいわよ」
呆れから出たため息を漏らしながら呟けば、彼の顔は更にしゅん、と落ち込んで。まるで、捨てられそうになった犬みたいな顔で、私を見つめた。
「ごめん、ごめんね葵衣!嫌いにならないで……!」
ああ、もう。そんな目で見られたら。
「怒って、ないってば」
なんでも許して、こうやって頭を撫でてしまいそうな気がする。つくづく私は、可愛いものに弱い。
「!」
ふわふわだなあ、髪の毛。本物の犬みたい。
「ほら、早く行こ」
繋がれたままの彼の手を引っ張り、歩くように促すが、彼の足は止まったまま。
「~~っ!葵衣!」
「なに?」
呼ばれてまた振り向けば、彼は顔を真っ赤にしながら。

「俺、葵衣が好き!」
「……………は?」

そして、3時間後の今でも、私に松戸くんはしつこく付きまとっている。ねーねー葵衣!葵衣ってば!と横でわんわんわんわん。ああ、もう!うるさいうざいうっとおしい!

「あのさ!松戸くん、どうして私につきまとうの!」
「俊!俊て呼んでくんなきゃやだ!」
……今、それ関係あるのか。
「はあ……。俊、どうして私につきまとうの」
昨日たまたまあって、たまたま持っていたシュークリームをあげて、たまたま頭を撫でてしまっただけの関係。昨日のことがなければ私は、ずっと俊のことを知ることもなかったハズだ。それなのに、どうして。
「どうしてって、言ったじゃん。好きなんだよ、葵衣のこと」
「……ごめん、私、あなたみたいな騒がしい友達とはやっていける自信がないわ」
「違うってば!」
突然声を荒げた俊は、私の手を、またぎゅっと握った。鼻と鼻がくっつきそうな距離。ち、近いって…!
「好き、なんだよ。女の子として」
「…………は?」
いやいやいやいや!それこそおかしいだろ!なんで、昨日会ったばかりの相手を好きになるんだ!おかしい!この人おかしすぎる。
「迷惑……?」
俊の眉が下がる。何故だろう、あるはずのない耳が見えて、垂れているように見える。うるうると見つめられたら、「迷惑。」なんて言えない。
「そ、そういうわけじゃ……」
と、言葉を濁すと、俊は顔をパッと綻ばせた。
「ホント?!」
あああ!なんでこんなにワンコみたいなの!お陰で私のペースは狂いっぱなし。正直、もういろいろつっこむのも疲れた。
「へへ、葵衣!大好き~!」
ぎゅううっと大きめの体が後ろから抱きついてきて、肩に頬擦りをする。なんだこいつ、犬か、大型犬か。

こうして、私は何故か大型犬になつかれたのでした。
***
やっと大型犬と離れ、私は教室にて友達とお昼。今朝の出来事、先程の出来事を話すと、友達は目をキラキラとさせて、食いついてきた。
「なっにそれ!羨ましーわ。もう付き合えば」
「なにいってんのバカじゃないの」
「かわいいじゃん、その子」
友達二人は私の愚痴を聞いてくれるつもりはないらしい。なんのための友達だ。
「と、に、か、く!ありえないから!」
少し大きめの声で言いながらお弁当をぱくり。友達は照れんなよといまだに笑っている。
「うーん、でもさあ、なんでそんなにありえないの?普通に好意持ってくれてるんだから、少しぐらいは考えたら?」
「………」
だって、おかしいじゃない。昨日出会ったばかりなのに、急に好きですなんて言われても。きっと、何か勘違いしてるんじゃないかな。彼は私を好きなわけではないんじゃないかな。そんな、気がする。
「あ、わかったー!」
友達の一人が突然私を指さしてニヤニヤし始めた。何がわかったと言うのか。
「葵衣が松戸くんを考えない理由、それは…………白馬先輩でしょ?!」

…………はあ。
「もっとありえ……」
ない、と言いたかった言葉は続かず、ガラッと開けられた教室のドアに生徒の視線が集まった。
「ここにいたか、葵衣」
「げっ」
「うわ、本人きた」
私の前に、ぞろぞろと女の子を引き連れながら歩いてきたのは、白馬先輩―――霧崎白馬。学校1のイケメンもて男でナルシストな通称「王子」。私ははっきりいってこの人が苦手である。
「君のために薔薇を持ってきたというのに」
「いりません。」
抱えきれないほどの薔薇を持ってくる人なんて、ホントにいるんだ、なんかカオスだな、とか冷静に考えてしまう。最初の方はさすがにビックリしたけど、なん十回も同じことがあると慣れるものだ。もう呆れしかない。
「まあ、あなた!白馬様のプレゼントを断るなんて……!無礼ですわよ!」
と、私につっかかって来るのは白馬先輩のファンクラブ会長、一条姫華。この人も毎回懲りずに私に絡んでくるな。
「じゃあ白馬先輩、一条さんにそれあげてくたさい」
私はお弁当に視線を戻した。すると、食べようとしていたお弁当箱が浮き、あっという間に白馬先輩の手に。頭上にあげられては手が届かない。
「ちょ、白馬先輩、返してください」
「断る。」
「なに決め顔してんですか、早く返してください」
ほんっとイラつくなこの人。
「なら明日、僕とのデートに来てくれるかい?」
「は?」
「約束してくれるなら弁当を返してあげよう」
いやいや、おかしいでしょ。お弁当の代わりにデート?てか、どんだけ上から目線。
「ふざけないでください」
どっちも嫌だ。どうしようと悩んでいると、教室のドアから何かがものすごい勢いで入ってきた。え、え?なにあれ?

「……おい。」
白馬先輩の後ろから、少し怒ったような声。白馬先輩がなんだと振り向けば、そこには今にも先輩に噛みつきそうな勢いで睨んでいる俊の姿が。
「俊……?」
「葵衣!大丈夫?!」
え、なにが。
「なんか、なんかね、葵衣が困ってるような気がして来てみたら、葵衣がこいつに困ってたように見えて……!」
助けにきた。そういって彼は私を抱き締めた。……ん?抱き締めた?
「ちょっ……!ちょっと、俊?!」
「葵衣……っ」
ふわふわの髪が首をくすぐる。ちょっと、ホントに、ここ教室なんだけど!

「お前、何者だ」
ぐいっといきなり俊が引き剥がされ、俊と白馬先輩が向き合う。睨み合う。白馬先輩より背の高い俊は、少し先輩を見下ろす感じになってしまうけど。
「あんたこそなんだよ。葵衣の弁当返してここからでてけよ」
今までのワンコみたいなかわいい態度とは違う。男の子ってかんじ。少し、かっこよく見えた。
「断る。君はなんの権利があってそんなこと言ってるんだ」
私を守るように立って、心配してくれている俊の気持ちが素直に嬉しかった。うん、いいとこあるじゃない。

「彼は私の犬です。」

俊が答えるより先にそう言えば、先輩は、は?と驚いた顔で私を見た。もちろん、俊も、私の友達も、周りの女の子たちも。
「俊、私が困ってるから助けてくれたんだよね。俊は私のナイトだもんね」
「え……っ!う、うん!俺、葵衣のナイトだよ!」
「ふふ、うん。えらいえらい」
「!」
少し背伸びして、ふわふわの髪を撫でる。いいこいいこ。
「葵衣~っ!」
ぎゅううと抱きついてきて、その場の雰囲気が少し柔らかくなる。うん、これで一安心かな。
「……ふむ。犬か……。厄介なものがつきまとっているものだ」
お前の方がやっかいだわ。そんな意味を込めて先輩を見やれば、何故か楽しそうに笑って教室のドアへ向かっていった。

「ああ、そうだ。そこの犬」
「………なんだよ」
返事するんかい。


「彼女を簡単に落とせると思うなよ」

意味のわからない捨て台詞をはいて、白馬先輩は今度こそ去っていった。その後ろにぞろぞろと続くファンの皆様は相変わらず山のようにいた。なんのために来たのだろうか。
「葵衣、葵衣」
「なに?」
そうだ、まだこの大型犬がいたんだった。若干めんどくさそうに見上げれば、俊は嬉しそうに笑っていた。
「俺、葵衣のナイトになるね!葵衣を守るからね!」
「……」
冗談、というか、白馬先輩を追い払うために言ったことなのに、信じてるの、かな。ヤバイ、まずいこと言ったかもしれない。
「葵衣が困ったら俺が助けるから!俺を一番に頼って!」
「ふ、……あははっ」
柄にもなく、なんか嬉しい。うっとおしいのにはかわりないけど、やっぱり彼のことを嫌いになるのは無理なようだ。

「はいはい。よろしくね」
「!」

ほら、私はまた彼のふわふわの髪を撫でてしまうのだから。
< 2 / 6 >

この作品をシェア

pagetop