……これは、一体何なんだろうか。
「葵衣、イタリアンは好きか?このあと店の予約を取ってあるのだが……僕と君の分をな」
「何言ってんだよお前!葵衣は俺とデートしてんだよ」
頭上で先程から繰り広げられる会話に、いい加減帰りたくなる。まず、なぜこの場に白馬先輩がいるのか。そして、私は昨日の誘いを了承したことを激しく後悔した。
「葵衣!この犬を黙らせてくれ!」
「ふざけんな!葵衣!早く行こ!」

「二人ともうるさい」

そんなこんなで、事の始まりは昨日にさかのぼる。


「葵衣!明日この映画見に行かない?!」
いつものように私が友達と話していると、大型犬がさも当たり前かのように教室に飛び込んできて、私に話始めた。友達も気を使ったのか面白がってるのか、「私たちの話はいいから!」とにこにこしている始末。溜め息を隠さないまま俊を見れば、俊は嬉しそうに映画のチケットを私に見せながら尻尾を振っていた。
「何その映画、面白いの?」
「面白いよ!だから葵衣にも見せたくて!」
「ふーん……」
まあ、映画はすきだ。あの空間で、大画面で、迫力のある音を聞きながら最新の作品を、しかもこのチケットのお陰でタダで見れるのだから。運がいいのか、俊が見せてきた映画のチケットは、私が今一番みたい映画のものだった。じっと俊を見てみる。うーん、でもこいつと映画行ったら隣でうるさそうだな……。
「ね!葵衣、行こうよ!」
きらきらワンコスマイルを発動してきた俊。この笑顔を無下にすることは私にはできない。少し迷ったものの、映画は見たいし、大型犬の散歩だと思えばいい、と自己完結し、「いいよ」と目の前の俊に答えた。
「ほんと?!うわあ、俺、すっごい楽しみ!」
本当に嬉しそうに笑う俊に、まあたまにはこんなのもいいかな、なんて思った。
―――まさか、この会話を白馬先輩が聞いてるとは思わなかったけれど。



翌日。絶好のお出掛け日和になり、私は俊との待ち合わせ場所に足を運んだ。待ち合わせ場所である駅前はかなりの人で溢れている。私は噴水の前に腰を下ろすと、俊の姿を探した。……来ないな。あと一分で待ち合わせ時間なのに。五分前行動の私としては少しありえないことだ。まあ、あの大型犬だし。と勝手に解釈したところで、ぽん、と肩に手が置かれた。静かに肩に手を置くなんて今日の大型犬は珍しいことするな、なんて思いながら見上げれば、そこにはこの場にいるはずのない人がいた。
「やあ、葵衣」
「は、白馬先輩……」
なんでいるんだ。
「あの犬はまだ来ないのか?全く、女性を待たせるなんて失礼なやつだ。普通なら女性より早く来て待つべきだろうに」
やれやれといった風に溜め息をつきながら、何故か白馬先輩は私の隣に腰かける。
「あの……なんでここにいるんですか」
「もちろん、君たちのデートを阻止しに来たに決まってるだろう」
「暇だな」
なんだこの先輩。お前今年受験だろ、勉強しろ。とかいろいろ言いたくなるが、ぐっと堪える。てか、どうして今日映画に行くことを知ってるんだろう。怖い。
「僕のネットワークをなめるな。そのぐらい安いものさ」
「はあ。で、どうするんですか。邪魔するもなにも、俊来ませんよ」
めんどくさくなってそう言えば、白馬先輩はいきなり立ち上がり、私の手を取った。
「葵衣、なんてかわいそうなんだ。全くひどいやつだ。自分から誘っておいて来ないとは。……ならばどうかな?これから、僕とデートというのは」
「お断りします」
別に、映画見ないなら帰るわ。なんでこの人とデートしなくちゃならないんだ。私は踵を返し、自宅の方へと歩き出した。その時。

「待って葵衣!」
「……あ、俊」
とても急いできたことがわかる俊は、ごめんと必死に私に謝った。何でも楽しみすぎて昨日眠れず、寝坊したんだとか。さすが大型犬だ。
「ふふ、バカみたい。ほら、早く行こ」
「え……?怒って、ないの?」
「うん」
理由がなんだかかわいくて、怒れない。それに今日のことをこんなに楽しみにしてくれてたんだと思うと、嬉しかった。ふにゃりと情けなく笑う俊の腕を引き、映画館に向かおうとしたとき。
「………待て」
私の肩を、白馬先輩がつかんだ。
「おい、犬。彼女を待たせておいてまだデートしようとは、いいご身分だな」
「は?お前、なんでここにいるんだよ!」
「彼女とは先ほどレストランに行く約束をした」
「してないから」
何捏造してんだ。白馬先輩を睨んでみるも、彼は私の肩をつかむ腕を緩めない。一方手のひらは、俊にぎゅっと握られていて。私は今、動けない立場にいる。
「その手離せよ。映画始まる」
「君こそ離せ。彼女を待たせたお前にデートをする資格などない」
ああ、もう。ほんっとやだ、この二人。



そして、現在に至る。
もう、一人で映画行っちゃおうかな。めんどくさい、この二人相手にするの。
「葵衣、葵衣!走れる?」
こそっと俊が、私の耳元で話す。まあ走れないこともない。こくんと頷けば、俊は白馬先輩の手に手刀を落とした。
「っ?!」
驚き手を引っ込める白馬先輩。その瞬間、私は腕をぐっと掴まれて。いつかのデジャヴ。大型犬に猛スピードで腕を引かれている。
「う、わああああ!」

本当に、こいつの脚力はおかしい。本気で犬なんじゃないだろうか。きっと犬と競争しても負けないだろう。息を整えながら、映画館に入る。適度に効いた冷房が心地よい。
「大丈夫?葵衣」
「大丈夫じゃない」
もうこれだけで疲れてしまった。映画の途中で寝ないように頑張らないと。そんなことを考えていると、何を思ったのか、俊はぎゅっと私の手を握った。
「葵衣のこと、待たせちゃってごめん。あいつの言う通り、葵衣を待たせた俺に、葵衣とデートする資格なんて、ない……?」
捨てられた犬のような顔。可愛くて、許さないわけにはいかなくて。別に元々怒ってなんていないけど。そんなことないよって、私は彼の頭を撫でた。相変わらず、ふわふわ。カゼデ少し乱れた髪の毛を直しながら、撫でた。そんな私に、「葵衣~……」と嬉しそうに抱きついてくる俊を見て、まだ映画を見てもいないのに、今日は来てよかったな、なんて思った。