あなたと私のカネアイ
カネアイ2:距離

名前

 ――「俺は結愛を愛すよ」

 あんな私の哲学と間逆のことを宣言されて、警戒していたのも数日。円さんの様子は特に変わらず、このマンションでの生活に馴染み始めている自分がいる。
 いや……もうかなり馴染んでる。
 そんな、愛を信じる夫との生活が始まって一ヶ月が経とうという頃。

「結愛、おはよう」
「おはようございます」

 朝が苦手な私は、決まって円さんより遅く起きる。
 ギリギリ身支度を終えられる時間を残してベッドから抜け出し、リビングへと行くと必ず朝食が用意されていて、私はそれをぼんやり食べるだけ。
 夕食は円さんの帰りが遅いことも多いから私も作るけど、料理担当はほぼ彼だ。味も文句ないし片付けもちゃんとしてくれる。
 なんて快適……!
 椅子に座って大きなあくびをしたら、円さんがコーヒーの入ったマグカップを差し出してくれた。リボンをつけたねずみの女の子のものだ。

「結愛、早く部屋に籠もる割に、ここのところいつもギリギリだね」
「……朝、苦手で」

 最初のうちは新生活に慣れてないこともあったし、遠慮みたいなものもあって、目覚ましが鳴る前に目が覚めていた。でも、今じゃ携帯と目覚まし時計二つが鳴ってもしっかり止めて二度寝する。
 二度寝って何であんなに気持ちいいんだろう。肌触りのいいお気に入りの布団でぬくぬくするときが一番幸せだ。
 私はコーヒーを啜ってマグカップをテーブルに置いてから、トーストに苺ジャムを塗り始めた。
 これは、経営しているカフェやレストランで使っている産地直送品らしい。しつこくない甘さで舌の上で蕩けるような極上品だ。
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