私は彼に愛されているらしい2
服装だって適度に気を付けていないと何を言われるか分からないことは入社してから今まで痛いほど思い知っている。少しでも露出が際どければ完全にネタにされ、好奇な目にさらされてしまう。かといって意識しまくりのお堅い服装だとまるで修道女扱い。

あることないこと言われた挙句に軽視されるという、それが男社会で生きる女の宿命。

少なくとも有紗が働く環境下ではそうであった。だからいくら私生活で大変な出来事があったとしてもあからさまにしてはいけない。本当に気を許せる相手じゃないと危ないのだ。

だから有紗は特定の2人に絞って会社に向かっていた。

「舞さん、みちるさん。お願いしますよ!」

頼りになるのは人生の先輩にあたる2人の女性の存在、頼みの綱を引き寄せるように有紗は顔を上げて足を進み続けた。

高校時代の友達じゃなく、大学時代の友達でもない職場先輩に頼るにはれっきとした理由がある。

だって言える訳がない。何を隠そう有紗は昔その昔、門真大輔のことが好きだったのだ。

「おはようございます。」

人もまばらな朝の職場に有紗の声が響いた。

朝7時30分は有紗にとって早い時間ではない。フレックスが使えるこの会社では出勤可能な時間で特に問題がある訳でも無いのだ。もちろん少数派の考えだけれど、だからこそ静かな環境で仕事は捗る。

「おはよー、今日も早いね持田さん。」

「お互い様ですよ、君塚さん。」

気が抜けそうなほど語尾に力がない声で話しかけてきたのは君塚だった。君塚は誰よりも早い出社をして颯爽と仕事を終わらせなるべく早い帰宅を心がけている。

有紗の出社が早くなった理由は君塚の影響がかなりあった。夜に残らないといけない場合も多々あるが、少しの余裕がある場合は朝に作業をした方が効率がいいと教えてもらったのがきっかけだ。

舞にはそれが当てはまらないようだが、見事有紗には効果をもたらしたので可能な限りそうするようにしている。勿論、仕事が溜まっていない時は通常時間に出社していた。

「あ、これね。奥さんから。」

そう言うと君塚は小さな紙袋を有紗に渡していつもの爽やか笑顔を浮かべる。差し出した彼の左手薬指には輝くものがあった。

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