私は彼に愛されているらしい2
有紗のぼやきに頷いたのは西島だけではなく秋吉も同じだ、そういえば2人も他部署の人間に面白おかしく適当な話を広められていたのを思い出す。

「男って…どうして優位に立ちたがるんでしょうね。」

「大したレベルでもないくせに品定めしてランク付けまでするなんて最悪よ。ま、こちらも人の事言えないけど?」

「あーあ、給料がいいからまだ居座っているようなものの…早く結婚して辞めてやりたいわよ。いま辞めたところでこの年齢じゃ会社のネームバリューで周りより優位に立つしか婚活に不利だし。」

西島の呟くような本心に有紗は舞の言葉を思い出した。

本当に結婚したい人というのは1人で大きな悩みを抱えているものだ、結婚願望の無い有紗には分からない話だと今も胸に突き刺さる。

「…先輩、飲みに行きませんか?」

「は?」

「舞さんも交えて大人数で。いっそ皆で毒吐きませんか?東芝さんと話をする為のダシに使われたとしても、私やっぱり西島先輩の事好きだったんですよ。だって、先輩ですよね?私が大きな失敗をした時に席にチョコ置いてくれたの。」

有紗の言葉に西島は顔を赤くして言葉を詰まらせた。

あの時、有紗の席の上に置かれたチョコは西島がよくくれるチョコレートだったのだ。だからその可能性をずっと考えていた。

きっと君塚か西島だろうと。

「あれ、嬉しかったんです。」

「…あっそ。」

照れてそれ以上の言葉が続かない西島を秋吉は嬉しそうに見つめる、西島の優しさは秋吉が一番よく理解しているのだと有紗にも伝わった。

「さて、長い休憩も全部西島先輩に捕まったせいにするとして…。」

「ちょっと!」

「また後で日程調整しますんで、じゃ!」

西島と秋吉の返事も待たずに有紗は勢いよく手をかかげるとそのまま去っていく。

今日のことでよく分かったのは、避けていたことと向き合えばその後の気分は晴れるという事だった。

例え結果が良くても悪くても行動を起こしたことに対して誇れるものが心に残る、それは十分な成長になるのだと有紗は感じていた。

「向き合わなきゃ。」

自分に、そして大輔に。

服の上に出されたままの指輪はそのままに、有紗は自分のフロアへと戻っていく。

進まなければ何も変わらない。このまま距離を置いていても有紗の心がどうにか整理がつくとは思えなかった。

その日の夜、静かな部屋の中で有紗は大輔にメールを打ち始める。

その手は少し震えていた。


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