think about you あの日の香りとすれ違うだけで溢れ出してしまう記憶がある

研修


大好きな夏はあっという間に過ぎて、秋になろうとしていた。

すっかり親密になった彼。

ぐっちゃんの隣の席の先輩で、丹羽誠さん。

28歳。AB型。ヒライケンとエイタを足して二で割ったような好青年。

ブラックのマーク2ワゴン、グラシアで私の家まで迎えにくる。

私を最大限に甘やかす人。

彼の一番イイトコロ。

それは、カラダ。

会話なんて、教養のない人だったから、くだらない内容。

口喧嘩もくだらないやり取り。

食事は、近所のラーメン屋。

その後はラブホ。

お決まりの定番コースだ。

丹羽誠だから、愛称はマーだった。

「マーも、ディズニー好きでしょ?次の連休は行きたいなぁ。」

「…大阪にしませんか?」

「…はい?…」

「…ほら、あっちにもユニバがあるじゃないですか。」

「マー、ディズニー好きじゃないの?」

「私は大阪のほうが…買い物もできるし。」

「うそ吐いたっていうの?!」

「中西さん、落ち着いて。」

ホテルで迎える日曜日の朝。

大きなベットを飛び出した私。

寝癖のついた頭をゆっくりとおこし、困った表情を浮かべるマー。

「…えぇ。まぁ。」

「私は、ディズニーが好きで、ボードやる人じゃないと

付き合わないって言ったじゃない!」

「…それは。」

「ひどいー!詐欺だわー!」

「…うそを吐いてでも、あなたと付き合いたかったから。」

「マー…。」

「…中西さん。」

「…うれしいです…とは、ならなーーーい!!!」

「…厳しいね…。」

マーはいつも私に、あなたは厳しいねと言うのが口癖だった。

当然だ。

マーは私の欲求不満解消用彼氏。

いわゆるセフレ要員。愛なんて…。

“ブブブ…ブブブ…”

ケータイのバイブレーション。

ぐっちゃんからのメール。

“来週から、研修。俺の順番。”

(そうか。ぐっちゃんの次は私の番だ。)

私たち一年目の新入社員には、富士山研修というものが課せられていた。

静岡にある管理者養成学校で、早朝からぎっしりプログラムが詰められていて、

テストに受からなければ、帰れないシステムらしい。

他のおじさん連中でさえ、顔をしかめるほどだ。

しかし、上に行くために。私たちには、越えて行かねばならない壁だ。

大卒同期のうち、支社の2人はどうにかサボれないか考えていた。

私は、望むところだと大口を叩く。

ぐっちゃんは、大したことではないと涼しい顔をしていた。

こういう、余裕があるところが好きだな。

やっぱり男なら、ドンと構えていて欲しいものだ。

その方が、隣で順番待ちしてる私にとっても頼もしく、うまく流れに乗っていける。

まさか、ぐっちゃんはそこまで考えちゃいないんだろうけどね。

きっとぐっちゃんは、私が思っている以上に

私のことなんて考えちゃいない。

そのことが、どうして私をこんなに孤独にするんだろう。

ずっとそばにいるためには、付き合えない。

大切な同期。

手に入らないなら、並んで歩けるようにすればいい。

大丈夫。この鈍い痛みと引き換えにして、

脈絡のない話を聞いてもらえるなら。

それだけで幸せ。

BMで名古屋に出かけて、食事をするの。

なんて幸せ。

それを楽しみにして、仕事だって頑張れる。

失い難い特別な人。

守らなくちゃ。

彼氏になんてしたら、勿体無い。

しかし、突然の別離。

研修を終えて、会社に戻ると、ぐっちゃんはいなかった。

親会社に出向になったらしく、私には挨拶もなしに行ってしまった。




< 9 / 28 >

この作品をシェア

pagetop