幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜

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「えっと……じゃあ、これとこれと、これをください」






自分の目利きを頼りに、譲はテキパキと新鮮そうな野菜を指名する。






八百屋の主人が野菜を譲が背負っている大きな籠にいれてくれると、譲はそれを背負い、ちょこんと頭を下げると、お金を払って八百屋を後にする。






「しっかし……大した目利きだな」





一緒に夕飯の食材の買い物に付き合ってくれて平助に言われ、譲はふんと唸る。






「だてに、十二年も近藤さんの養女をやってません」






「だな」





隣で、頭の後ろで手を組みながらカラカラと笑う平助の足がある店の前で止まる。






「どうしたの……?」





顔を覗いても反応のない平助の視線を辿ると、そこは簪が売っている店だった。






古びた外見ではあったが、歴史を感じさせる店で、江戸でも有数の簪の老舗の店だった。






ふと、平助が視線を下げたため、目が合う。





が、視線はすぐに合わなくなり、平助はじっと譲の何も飾っていない髪を見つめた。





「……お前も、簪のひとつぐらい挿せばいいのに」





譲は溜息をついて、自分が今着ている衣の裾を掴んでみせる。




「私が今着ているもの……見えないわけ?袴よ。袴。なのに、簪なんか挿したら、滑稽(こっけい)というか、異形でしょ」





すると、今度は平助が疲れたように息をつく。





「だーかーらー、俺が言いたいのは、女の格好をすればいいのにってこと」




「それはできない」




譲は即答する。そう、これだけは譲れない。もう、決めているもの。






だが平助はしつこく食い下がってくる。





「そりゃ、俺は譲が男装をすることになったきっかけを知らない。俺はその時、試衛館にはいなかったし。でも、どんなことがあっても、そこまで気にすることなくねえか?」






譲の表情が一気に曇る。




笑ってごまかそうと試みたが、笑えなかった。





顔が引きつってしまって、うまく愛想笑いさえもできない。





脳裏に、あの苦い思い出がよみがえってきて、譲は歯を喰いしばった。






平助の気持ちは分からなくもない。でも……。






「ありがとう、平助。でも私は、平助の思いには応えられない」





「どうしてだよ」




「言いたくないの。きっと、土方さんや近藤さん……総司や新八さん、左之さんが、誰にも私の経験した屈辱を誰にも言わないのは、私の思いをどこかで察してくれてるから。けれど……」





譲は顔を上げ、真っ直ぐに平助を見る。





「いつか、言うときが来ると思う。だから今は……」





「あーもう、分かったよ」





といって、平助はいきなりくしゃくしゃと譲の髪をわしづかみする。




「な……なにするのよ!」




といって、平助めがけて平手を見舞おうとするが、ひらりと避けられる。



「辛気くせえ話しちまったら、なんか腹へったな」




無邪気に笑いながら平助は譲から逃げていく。




「ちょっと……!」





髪が乱れたことを謝らない平助を追いかける譲。





ふたりは相変わらずの掛け合いで、帰路につこうとしていた。









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