暴露 (秘密を知ってしまった・・・)

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 それは梅雨に入った頃のことだった。湿った生暖かい空気をかいくぐって通勤するのが、こんなに不快なものとは思わなかった。もともと化粧は薄いほうだが、それでも会社に着いたら一目散でトイレに駆け込み化粧直しをしなければならない。雨と汗がそうさせてしまうのだ。トイレは先輩のお歴々が、同じように化粧直しに時間をかけているものだから、いつも大混雑である。席に戻ってきたときには、みんな大変身である。気づかないようにしている男性社員も少なからずいることだろう。
 その頃の私はというと・・・。
 秘密を握った課長とは、相も変わらずの関係だ。私を脅してくるでもなし、秘密結社が私を付け狙っているようでもない。私が課長の秘密についてだんまりを決め込むと、高をくくってるのかもしれない。あるいは、私が目撃したのは「何でもないこと」と私が判断していると思っているのかもしれない。しかし、課長に背中を向けて逃げるように去っていったことは事実だけど・・・。
 しかし、私に向けた不振な視線を感じることは、たびたびある。そういうときは、決まって机に向かって事務作業に没頭しているときだ。視線の端のほうで、おぼろげな顔が私をじっと見ているのが分かるのだ。ただ、その方向が定まらないから、誰かを容易には特定できない。課長でもあるようだけど、課長でもないような・・・。ただ、実害が何もないからそのままにせざるを得ない。
 坂本さんとは、あれから不用意に食事に行くこともしなかった。会えば普通に会話するけど、やはり周りの視線を気にしてだったからぎこちない受け答えをしていたのだろう。坂本さんの頭の上にはいつも「???」マークがついているようだった。
 
 そんなときだった。私に思わぬ不運がまた舞い込んだ。
 私にまつわる怪文書が総務部長に届いたというのだ。その知らせを受けたのは、届いてから数時間もしてからのことだった。差出人が書かれていないその文書を「取るに足りない」と当初は部長も捨てるつもりだったようだ。しかし、内容が内容なので私の上司である総務課長に相談した結果、「本人に事情を聞いてみよう」ということになったらしい。
 それでその文書の内容を私が読むことができたのだ。
 応接室に緊張して入った私に、部長が「こういう文書が私のところに届いたよ」と文書を渡してくれた。あの課長も同席している。
 内容を見て私は驚愕した。怒りに震えたと言ったほうがいいかもしれない。
 文面は内部告発の体裁となっており、私のプライベートの内容を暴露するというものだ。しかし、その内容がまったくのデタラメである。「会社ではしとやかに振舞っているようですが、会社を一歩出ると豹変する女性です。男性をたらし込むばかりか、売春まがいのことを平気でやっています。証拠もお出しできます。この女性がいつかは会社に不祥事をもたらすことは必至です。禍根を早く取り除くべきではないでしょうか・・・」
 涙が出てきた。(なぜ、なぜ私がこんな目に・・・・)
 涙が止まらない。ほとんど嗚咽に近い。
 私の姿を見て、部長と課長はあわてたようだ。
 「こんなことを君がしているとは私たちも考えていないから・・・」と部長がしどろもどろに言っている。
 私は「違います。私は違います」と言うのがやっとだった。

 
 
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