花散里でもう一度
誤解

びびっていた阿久との生活も、三月もすれば慣れるもので、大分自然に接する事が出来る様になった。

阿久は意外にも、子供が好きな様子で、手の空いている時は、伊吹の相手をしてくれたりする。
そんな阿久に伊吹が懐くのは当然の事だが、私としては複雑な思いだ。
いつか、伊吹が阿久を父親だと思い込んでしまわないかと、そんな心配をしている。





「明日は、炭を売りに行く。二三日で戻る。」

夕餉の席、私が持つ匙を狙い、小さな手を伸ばす伊吹。その手をかわしながら、何とか口に持って行く。柔らかく煮た芋をつぶした物を伊吹に食べさせ様と、四苦八苦している所に突然振られた話。

「そうか、気を付けて行ってくれ。留守中に何ぞやって置く事など有るか?」

匙を持っていけば、パクりと食べる伊吹。伊吹が一生懸命口を動かしているのをじっと見つめる阿久。

いつも無言の男は、唐突に喋り出す。
必要最低限の単語を並べ、会話終了。
ハイかイイエの返事で事足りる場合は、首を縦に振るか横に振るかで、声を発する事など無い。

だから、返事が有った事に驚いた。

「叔父貴達に、会いに行ってやってくれないか?伊吹に会いたがっていた。」

「あ、…うん。そうだな、随分御無沙汰であったな。」

伊吹を取り上げてくれた婆様は、自分の孫の様に思って居てくれる。
子供っぽい所のある婆様は、たまには顔を見せてやらねば、拗ねるかもしれない。

夕餉の片付けをすれば、当然の事の様に、伊吹が外に出たいとぐずり出す。
母親とは不思議な物で、言葉にならない赤子の言い分も、わかる様になる。

「よしよし、また峠に行こうな。」

「…いつも何しに行くんだ?」

低い声が、僅かな苛立ちを含み響く。
無表情な阿久、でもその目は何よりも雄弁に物語る。

『気に入らない』

阿久は唯の同居人、と言うか私と伊吹が居候なだけで、私がどこで何をするのか迄口を出す事は無いと思う。
阿久の物言いたげな視線、それには多少ムッとしつつも、平静を装い手を動かす。

「毎日の日課だな、伊吹は夕方にぐずる癖が有るから、気晴らしな。」

「……そうか、日暮れまでには戻れよ。この辺りにも、狼が出る事もある。」

「わかった、直ぐに戻る。」

心配してくれたのか。

少し阿久との距離を気にし過ぎているのかもしれない。




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