花散里でもう一度
秋祭
庭先では軽快に薪割りの音が響いてくる。

もろ肌脱ぎになった阿久の背中の筋肉が鉞を振り上げるたびに盛り上がり、彼が頑強な肉体を有する事が見て取れる。
体のあちこちに大小の傷があり、かつての背中の傷も、すっかり日に焼け馴染んでいた。

私は土間の竃の前に座り、薪を焼べる。釜からはぶくぶくと泡を吹いており、いい匂いが漂ってきた。あと少しでご飯が炊き上がる様子。

「母ちゃん、腹減った。ご飯まだ?」

駆け寄って来たのは、肩口程の栗毛の艶やかな髪を揺らす伊吹だ。
ひょろっとした手足、里の子供に比べても幾分華奢な身体つきに見える。
父親の面差しはあまり見られない。
残念ながら私に似てしまった様だ。
僅かに、栗毛の髪と碧掛かった灰色の瞳が彼をしのばせる。

さらさらとした髪に指を通し、撫で付けると、うるさそうに払われた。
男の子だからな、ベタベタするのは好きじゃないらしい。
もっとも、口を開かなきゃ女の子で十分通用する見かけだ。

「もう少しまて。赤子泣いても…なんだっけ?」

「蓋取るな、でしょ。母ちゃんは忘れっぽいなぁ〜。」

クスッと笑が漏れてしまった。
あのふにゃふにゃの小さな赤子が、随分と生意気な口もきくようになったと思えば可笑しくて。
何しろもう三つになった。

そう、あれからもう三年以上の月日が経ったのだ。

「阿久、もう直ぐご飯だよ!今日は栗ご飯なんだよ、伊吹も栗拾いした!」

嬉しそうに阿久を目掛け駆け出す伊吹だが、危ないから来るなと一括され膨れている。
伊吹は阿久の真似がしたくて、後を追いかけてばかりいるし、阿久もそれを嫌がる素振りは見せない。むしろ丁寧に自分の仕事、小さな子供でも出来そうな事を根気良く教えている。
その二人の背中を見れば、まるで本当の親子の様。

穏やかな暮らし。
伊吹も無事に育っている。
これで良いのかも知れない、そう思う私と、早くこの家を出なくては…そう思う自分がせめぎ合っている。

…だが…茨木に会ったところで何を言えばいい…。なんと弁明するつもりだ…。

ーこの身体、好きにすればいいー

確かにそう言ったのは私。
あの時はそうするしかなかった。
馬鹿だなぁと自分でも分かってる。
私はまだ若く、体も健康そのもの。伊吹を孕んだのもすぐだったからな。

そう、何度も積み重ねる罪は更に大きな罪を作り出す。

下腹部にそっと手をやれば、答えるように内から蹴り返す赤子の足の感触。

後二月もあれば、伊吹は兄になる。






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