どこからどこまで
○待ち遠しい7月
あやふやなものより今は目の前のやるべきことを、だ。
あたしがいくら翔ちゃんのことを考えたところで、きっと翔ちゃんはあたしのことなんてなんとも思っていないのだから。
「翔ちゃーん、あたし今日はちょっとイレギュラ~」
「課題?」
「うん。静物デッサンが終わらなくて…」
台所に立つ翔ちゃんに声をはりあげる。
ちなみに"デッサン"とは簡単に言うとスケッチのようなものだ。"素描"ともいう。
「夕飯は?」
「外で済ませるから、だいじょぶ。夕飯食べて、一旦帰ってきて、お風呂入って、そのまま学校泊まって描くんだー」
ゆで卵の殻をむいていた翔ちゃんの手が止まった。
「泊まる…って、どこに?」
「え?だから学校、」
「そうじゃなくて……え?寝ないとか?」
「寝るよ、床で」
「床…?」
「え?うん。…あ、友だちが寝袋貸してくれるからだいじょぶ!」
「…………まあ、無理はしないように。頑張って」
「うん、ありがと~」
他専攻の友達にも話すと驚かれてしまうが、締め切り前に泊まり込みで課題に取り組むことは珍しいことではない。
優雅にキャンバスと向き合っているイメージをもたれがちだが、実際ところは体力勝負なのだ。キャンバスを張るためにはなかなか力が必要だし、金槌で釘も打つ。彫刻なんて、まさに力仕事。なりふり構っていられない、そんなことの方が多い。
寝袋があるだけ全然マシな方だ。1つ前の課題の締め切り前なんて、さこねぇはそのままで床で寝ていた。なんでも、"寝袋を持ってくる余裕もなかった"んだそうだ。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃーい、気をつけてね」
「さなも。本当に無理しないでよ」
「はーい」
今日の朝食はサンドイッチ。タマゴのと、ハムのと、ジャムの。
タマゴのサンドイッチは、いつもより少し塩気が強い気がした。
そういえば、8月から夏休みだ。
あっという間だなあ…。
夏休みまで、あと約1ヶ月。