どこからどこまで

「なんか新婚さんみたいだね」


 7月になってからか、スーツを着た翔ちゃんを見送ることが多くなった。

 うちの学部の3年生は、夏休み中から教育実習だ。そのための事前指導では、正装で話を聞かなければならない。

 1年生のあたしでも、夏休み中に教育実習はあるっちゃある。しかしそれはいわゆる"ふれあい体験"で、小学校や中学校に訪問して児童や生徒の遊び相手になるだけのようなものだ。3年生に比べれば授業をすることもないし気楽なもんだ。


「翔ちゃーん、ネクタイはいいのー?」


 ベッドから落ちかけているネクタイを見ながら、台所にいる翔ちゃんに声をかけると、案の定"あ、"と声がした。


「テキトーに荷物の近くに置いといて」

「はーい」

「ありがと」


 ネクタイを軽くまとめて言われた通りに移動させながら、あたしは台所に立つ翔ちゃんを盗み見た。

 黒いスーツ、白いワイシャツ、適度な腕まくり。

 スーツ着用時の翔ちゃん、いいなあ。すきだなあ…。

 正装とはいっても今は7月。ジャケットまで着ることはないがスーツはスーツだ。興味のない人からしたらマニアック思考に思えるかもしれないが、男性のスーツ姿はあたしの大好物である。

 翔ちゃんは元々細身な方だけど、スーツを着ると更にシュッとして、なんかかっこいいんだよなあ…。

 あと、髪。アッシュブラウンだった髪が最近黒髪になった。

 白い肌と黒い髪のコントラストがすきだと本人に言ったなら、さすが引かれるだろうか。


「…どうした?ぼうっとして。もうできるよ」

「あ…、なんでもない」


 視線を感じたのか不思議そうな顔をして翔ちゃんがあたしを見た。へらっと笑ってごまかして、フライパンの中を覗きこむ。今日はフレンチトーストだ。


「わーい、フレンチトースト~」


 素直な感想を口にすると隣にいる翔ちゃんが吹き出した。


「えっ?今の笑うところだった?」

「いや、かわんないなって思って」

「え~?」

「なんでもない。そのままの"さな"でいてよ」

「よくわかんないけど、はーい」

「フレンチトースト、そんなに嬉しい?」

「うん!うちのお母さん、こんな手の込んだ朝ご飯つくってくんないもん」

「そっか」


 フレンチトーストとヨーグルト、切り分けられたフルーツを運びながらそう言うと翔ちゃんはまた笑った。あたしは何かそんなにおかしなことを言ったんだろうか。笑われた意味がわからない。
< 24 / 81 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop