どこからどこまで

「半熟以外、認めないから!」

 平日の朝の日課、それは隣の部屋のねぼすけを起こすこと。

 合い鍵にはお気に入りのラバー素材のキーカバー。慣れたもんだ。


「翔ちゃーん、翔太くーん」


 あたしはそこそこ朝に強い。翔ちゃんはめっぽう朝に弱い。肩に手を置いて揺さぶり続ければ必ず起きるため、さほど苦に思ったことはないのだが。


「……………おはよ」

「あ、やっと起きた」


 おはよー、と挨拶を返してカーテンを開ける。これも日課の1つだ。ほっとくとこの部屋のカーテンが開けられることは、きっとない。


「…なんじ?今」

「8時ちょい過ぎくらい?」

「けっこう時間あるな…卵、何がいい?」
「目玉焼き!」

「了解」

「半熟以外、認めないから!」

「はいはい、わかってるよ」


 翔ちゃんがやっとベッドからでたのを確認してから、洗濯機の前まで移動する。


「ねー、せんたっきまわしたー?」

「まわしたー」

「じゃあ干すよー?」

「ありがとー」


 ちゃんと"せんたくき"って言えない。小さい頃から抜けない癖には、もうツッコミも入らなくなった。

 洗濯機から洗濯カゴへと洗濯物を移し終わってベランダに向かおうとすると、入れ替わりで着替え終わった翔ちゃんがこっちに向かってくる。狭いから、すれ違うときによくぶつかる。仕方ないのに、ぶつかるのなんてお互い様なのに、"ごめん"と謝り合うのも日課の内のひとつになっている気がする。

 玄関から部屋までの通路に洗濯機とキッチン、浴室、トイレ。もちろん、洗面台なんてない。間取りは同じ。通路は狭いけど慣れてしまえばなんてことはない。

 6月になって梅雨入りもしたっていうのに外は晴天だ。


「からっ梅雨だなー」

「何?」

「ううん」


 洗濯物を干し終わって、ベランダから中に入りながら独り言。いちいち反応してくれる翔ちゃんは相変わらずだ。歯ブラシをくわえたままで少し舌ったらずなのが可愛い。

 え?洗濯物のパンツ?知りません、慣れです。


 ベッドにあぐらをかいて、壁に寄りかかりながらテレビをつける。30℃近くの気温、降水確率は低い。


「翔ちゃん、今日遅いのー?」

「なんで?いつも通りだけど」

「あたし今日、遅くなるかもー」

「夕飯は?」

「食べてくるから平気」

「課題?」

「ううん、カラオケ行きたいんだって」


 ジューッ。生卵がフライパンに落ちる音がした。
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