カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―

完全に背を向けているから、顔は見えない。

それでも、エントランスに煌々と入る陽射しが透かす、柔らかそうな少しうねった髪と。黒いジャケットからほんの少しだけ覗く、白い首筋と。
それらを包むような、静かで、でも力を感じるオーラが、彼を誰だか物語っている。


その背中に吸い込まれるように、足を一歩踏み出そうとしたとき――。

前方にあるエレベーターから音がして、間もなく姿を現したのが……森尾彩名。


私の存在に気が付いていなかった彼女は、前髪を直しながら歩いてくる。数メートルの近さになったときに、正面に立つ私に気がついて顔を上げ、足を止めた。


「お昼、ちゃんと休憩取れなかったので、今少しだけ、もらいますね」


笑顔を浮かべ、綺麗な色の唇を動かし、そう言った。
要が座っている方向を、ちらりとわざとらしく見るように、彼女の猫目が動く。

なにも言えずにいる私に満足そうにして、森尾さんは私の前を過ぎるまで目を逸らさずに、髪を靡かせて彼の待つ方へと歩いて行く。


バカみたい。
誰かと会うのに、神頼みしたり、願掛けのようにしてみたりするなんて。

自分でその機会を作ればいいだけの話なのに。
だから、その“機会(チャンス)”を作った森尾さん――あなたが正解よ。


森尾さんが要に声を掛けると同時に、咄嗟に近くの柱の陰に身を隠す。

会話は――かろうじて聞こえる距離。
早くこの場から立ち去らなければ。聞き耳立てるなんて趣味が悪いし、なにより仕事中。
だけど、足が動かないのは、なんで?


< 128 / 206 >

この作品をシェア

pagetop