カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―


神宮司さんに駅まで送って貰う途中、いつもの喫茶店が目に入った。


2件も飲みに回ったあとの時間。そりゃもう閉まってるわよね……。
また明日、仕事が終わってから飲みに来よう。


私はその店を通り過ぎた時に、やっぱり一日の締めくくりにはお酒じゃなくてあのカウンターで飲むコーヒーが一番だ、なんて思いながら歩いていた。


「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「大丈夫です。神宮司さんこそ気をつけてくださいね。酔った勢いでなにか間違ったことしないように」
「お前は……ほんとにひとこと余計だ」
「すみません。嘘がつけないもので」


「ったく」と、苦笑しながら軽く手を上げ、神宮司さんが背を向けて歩いて行く。
私もそのブラックのスーツがたくましく見える背中を少しだけ見送ると、すぐに自分のホームの方へ向きなおした。


『嘘がつけない』だなんて、それ自体が嘘だわ……。


今日みたいな状況なら、大抵の女性は、ドキドキとするような展開になるんだろうか。

飲みに誘われたのは、昔お世話になっていた先輩。再会した彼は、フリー。しかも黒いスーツが頼もしくみえるイイ男。

そんな条件が一気に重なったところで、結局は相手の心と自分の気持ち次第なわけだし。
私は神宮司さんのこと、今まで少しもそういう対象でみたことないし。

いつもより遅い時間だと言うのに、人が溢れるホームを眺めながらぽつりと漏らす。


「……そう都合よくはいかない、か」


30超えたからって、やっと自分にも波が来た、だなんて、そんなにうまくいくもんじゃない。

少し前まで、あんなに理想を高く持って、手に入れるためなら手段は選ばないようなこととかしたりもして。
そんなやり方じゃ、結局上手くはいくはずがない。

ようやく色々と現実が見えてきたときには31。


私が誰かを必要として、誰かに私が必要とされる――そういう未来があるの……?





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