まだ仕事中にも関わらず、心がなんだかふらふらとしたまま会社に戻る。

いつもなら、うっとうしいくらいに思う森尾さんの視線も気付かないままストンと自席に腰を下ろした。


「今日は遅かったですねぇ。もうとっくに定時過ぎて、みんなあがっちゃってますよ? あたし、阿部さんこないと帰っちゃだめって言われてぇ」


後ろから聞こえた鼻にかかった高い声で我に返ると、なにも悟られないようにと意識して振り返る。
すると、森尾さんはデスクの上にある大きめのスタンドミラーにこれでもかというくらいに接近して化粧直しをしていた。


「……ちょっと仕事が長引いたのよ」
「へえ。阿部さんでも、予定外のことあるんですね! けど、そのおかげであたし、約束の時間遅刻なんですからぁ」


あなたの指導係も、ある意味予定外よ。


心の中でそんな意地悪を呟いてみたけど、当然森尾さんにそんな声が届くはずもなく。
彼女はグロスを乗せた唇を合わせて髪を手で整えると、化粧ポーチをカバンにしまって立ち上がった。


「あたしの仕事、終わりましたんでぇ。帰ってもいいですよね? お先でーす」


仕事量はハッキリ言って、ものすごく少ない。かと言って、これ以上増やしたらきっとこなせない。
それでもせめて、頑張ってる姿を見ているならこんな気持ちにはならないだろうけど、彼女はハッキリ言ってやる気もない。
仕事をしてほしいけど、してほしくない。そんなジレンマを抑えながら声を掛けようとした。


「……おつか」
「きゃっ!」


突然、ドアの前で森尾さんが声を上げたのに驚いて顔を上げる。