弐國堂から数件、得意先を回ってから会社に戻った。

電話番の女性2人は、いそいそと帰り支度を始めていた。
窓側の上座にあたるデスクでも、部長が帰るためにラストスパートをかけているようだ。


「お疲れさま」
「あ、お疲れさまでーす」


重いカバンをデスクに置いて、斜め後ろでパソコンに向き合っている森尾さんに声を掛けると、先輩である私の方を見向きもせずに、画面に向かって返事した。

彼女もどうやら、今の受注データ処理を終えたら、いつものように颯爽と帰るつもりなのだろう。

内心面白くないけど、こういう子になにか言うこと自体が時間の無駄だと思うから、私はスルーするとだいぶ前に決めている。

ひとつ息を吐いて、自分のデスクにつく。
買って来た缶コーヒーのプルトップに手を掛けようとした時に、さっきの電話番の二人が「お先に失礼します」とやたら明るい声で部署を出る。


「お疲れさまでした」
「阿部。悪いけど、今日はお先に失礼するよ」
「あ、はい。お疲れさまです」


軽くお辞儀したときに、奥から部長も大きな声を上げて私の前を通り過ぎる。


「今日は」って、結構私より先に帰ってると思うんだけど。
そんな上司も世の中にはたくさんいるんだろう、と、このことも結構前からあきらめた。

カチッとパソコンの電源ボタンを押して、立ち上がるまでの時間にやっとコーヒーを口にした。


「やった! 終わったぁー」


後ろではみんなが帰って行くことに焦って、やっと処理を終えた森尾さんの高い声。
ばたばたとパソコンを閉じて、デスク上を軽く片づけてカバンを肩に掛ける彼女をチラ見する。

どうしてあの機敏さを仕事中にだせないんだか。


「阿部さん、お先でーす」
「……お疲れさま」


軽い足取りの森尾さんを視界の隅で見送り、完全に扉が閉まったのを確認して背もたれに思い切り体を預けた。