思えばいつも歯を食いしばって生きてきた。

昔、犯人が奥歯に隠していた毒で自殺を計るなんて話を読んだ気がする。そんなことしてたらいくつ命があっても足りやしない。むしろ、そのうち毒に耐性ができて無駄に苦しむだけに終わりそうな気がする。もはや自殺でも何でもない。そもそもまだ死にたくない。だから歯を食いしばって生きている。

けれど、歯を食いしばることで作り上げられる笑顔はただぎこちない、キモイ、死ねと言われるだけだった。付き合ってきた女には「歯軋りがうるさい」とフラれたこともある。人生谷あれば落アリ。だが、そう悪くない人生だったはずだ。


そう、昨日までは。


「ひぃぃぃいぃっっ…!」

自分の声とは思えないほど細い悲鳴が反響した。何度目かの硬く冷たい感触に縮み上がった金玉がいつ弾けてもおかしくないくらいだ。もう限界だ。いつ漏らしてもおかしくない。それとも、もう手遅れだろうか。生きた心地の全くしない樽の中はすでに水浸しなのかもしれない。

無闇やたらによくまわる思考回路で現実逃避をしていると、すぐ隣りに立っている小さな男が言った。

「お前、うるさい」

短い言葉とともにナイフと呼ぶには長すぎるそれが突き刺さる。自分の太腿あたりを冷たい風が一瞬で通り過ぎた。

「ぎゃぁぁぁあぁ〜っ!」

いっそ気を失ってしまいたい。が、我慢強く育ってしまった自分のタフさとM気質がそれを許してくれない。こんな時まで。

そんな、どこか恍惚とさえした顔を樽の上に乗せた男を眺めながら、一人の女が悠長に食事をしていた。



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