氷壺楼のすぐ近く、目立たぬ藍染めの暖簾を軒先に揺らすあずかり屋、金平糖。その名が示すように昔は和菓子屋であった。どこからか移り住んできた異国の言葉を話す夫婦が開いていた。

小さなその店は一人息子が跡を継いだが、残念ながらその息子は菓子職人としての才に恵まれなかったらしい。店から和菓子は消えてしまった。それと同時に夫婦の姿も消えてしまった。

人が突然いなくなることはこの街ではさして珍しいことではなく、元々知り合いもいなかったその夫婦を探そうという人間もココにはいなかった。

代わりに一人残された息子は少し変わった仕事を始めるようになった。それがあずかり屋である。

「どうぞ、お入りください」

暖簾の下、ガラガラと音を立ててあずかり屋が引き戸を開けると独特の香の匂いが漂ってきた。薬草のような匂いに松本は鼻を歪める。

「とっとと入れ」

「ぐはっ!てめ、このガキ…!」

危うく松本は助走もつけず店内に頭から飛び込みそうになった。振り返ると松本の背中をど突いた本人であるイノリは涼しい顔をしている。

コイツ、絶対見えてやがる!

松本はイノリの顔の前に顔を突き出し、更に顎を突き出して威嚇した。目玉をひん剥き下顎を突き出すその顔は怖くもなんともない。むしろ笑える。実際、あずかり屋は遠慮もせず腹を抱えて笑っていた。

「笑ってんじゃねーよ、コラ!」

「いやぁ、探偵さんは愉快な方ですねぇ」

「だーかーら!」

松本がその顔のままであずかり屋の方へ歩いて行くと、イノリはスタスタと暖簾をくぐって中に入って行ってしまった。それを松本が気付き、追いかけて行くのを眺めてから、あずかり屋が続いた。



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