イノリがプリンを食べ終えた所で、松本はその場を後にした。外へ出ると通りは閑散とはしていないものの、灯りの落ちた街特有の昼間のまだるさが流れていた。太陽が支配するこの時間帯、この街はしばしの眠りにつく。松本は両ポケットに手を入れて、どこへ向かうともなく歩き出した。

イノリは松本の隣りを歩いていた。そこには遠慮も配慮もなかった。松本もわざわざそれを咎めるようなことは言わない。隣りを歩いている者が必ずしもツレだとは限らない。そしてそれを詮索しない。それがこの街の優しさであり思いやりだ。

しばらく歩いたところで松本は胸ポケットに手を当てた。何かを探すような仕草をしながらイノリに話しかける。

「その角を曲がったら全力で走りな」

煙草が見つからない。だが、探す振りをしながら周囲に気を飛ばす。一人、また一人と松本の歩幅に合わせて付いてくる足音が増えている。

「どうやらお客さんだ。俺に用があるらしい」

イノリは足取りを変えるつもりがないらしく、顔を前に向けたまま歩いていた。松本はうんざりした。耳まで悪いのかという声がここまで上がってきたが、それを口にすることはなかった。それが松本の思いやりだった。すると、

「五人だ。二人の方が早い」

簡潔に初めてイノリが松本に話しかけてきた。松本は思いもよらず眉を上げて驚いてしまう。その理由は二つあった。

「五人?」

「あの角の向こうに二人いる」

「わかるのか?」

「足音と気配で。」

松本は少し速さを落とし、ゆっくりと歩くことにした。イノリは前を向いたままだ。だが、その目が何を見ているのか松本には計れなかった。だから信じ難い。しかし、

「心配するな。仕事とプライベートは混同しない主義だ」

イノリは皮の手袋をはめながら言った。指先が抜けたそれにイノリの細い爪が滑り込む。グッと手のひらを握りしめながら、手首のボタンを留める。その使い古された黒光りに松本はイノリの顔を見つめた。相変わらずそこには何色もない。

「馬鹿言うな。いくら俺でも守りながら五人はキツイぜ」

「馬鹿はお前だ。高嶺の話を聞いていなかったのか」

「たかね?」

「あずかり屋は一度預かった物は何であろうと何があろうと守ると言っただろう」

イノリが初めて松本の方に顔を向けて言った。その時松本は、初めてあずかり屋の名前を知った。




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