街が黄昏色に染まる頃、柔らかな光とともに闇夜に浮かび上がる氷壺楼。どこからともなく流れゆく風に揺れる無数の灯りは薄紅色に淡く、その儚い色に秘められた時間を様々な装いの男や女が往来していく。その中に松本の姿もあった。

「何が哀しくて男と連れ立って歩かなきゃならないのかね」

「まあまあ、そんなに喜ばなくてもいいじゃないですか」

「喜んでねぇだろ。俺のどこを見てそう思えるんだ」

松本が隣りを歩く高嶺に下唇を出すような口調で物を言うも、当の高嶺は高笑い。その左手にはいつものように扇子が握られている。

「ったく、疲れるんだよ、アンタは」

イノリはまだ眠っていたので、氷壺楼へ向かう松本には高嶺が付き添った。どうしても松本を一人にさせるつもりはないらしい。勘弁してくれと松本は思った。

眠り続けていたイノリを一人にすることに松本は反対したが、これは朝まで目を覚まさない熟睡コースの眠り方だと高嶺が言うので、それを否定できるほどイノリについて知っているわけでもない松本は、そう言われては反論のしようがなかった。故に、二人で氷壺楼の回廊を仲良く歩いている。

「それで、どなたにお会いするおつもりで?」

「あ?あぁ、スズメって女だ」

「スズメさん?」

「ヒナコがよく面倒を見てもらってたらしいからな」

「なるほど。お姉さんのような方だったのですね」

「…さぁ、どうだかな」

松本は朱色の階段を上がった。氷壺楼には様々な部屋があり、そこで女たちは春を売る。スズメは今、客を取っていないと聞いた。


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