朝、目を覚ました松本があずかり屋の居間に姿を現すとちょうど高嶺が軒下に暖簾をかける所だった。

「あぁ、おはようございます」

藍染めの暖簾が音のない風に微かに揺れるように、松本の姿を見つけた高嶺が軽く会釈をする。松本も軽く片手を上げる仕種で返すと、卓袱台の上にのっているそれを見つけて固まってしまった。高嶺が下駄の音を刻みながら歩いてくる。

「いやぁ、朝の散歩の帰り道、そこの湯屋のおかみさんにいただいたんですよ。美味しそうでしょう?」

「だからってなんで朝からイカの丸焼きなんだよ。祭りでもあったのか?」

「さて、ワタシの頭の中なら年中お祭りみたいなものですが」

「んじゃ、世間が騒いでようと関係ねぇな」

高嶺が土間から三和土に上がった所で松本は胸倉を掴んだ。しかし高嶺は平然と、無抵抗のままされるがまま、ただ静かに笑っている。松本は舌打ちしながら手を離した。

どかっと音を立てて胡座を組む。高嶺は乱れた襟を正そうともせず、「お茶入れますねー」と、まるで新婚夫婦のように声を弾ませた。朝から頭が痛くなる。松本は米神に浮かぶ血管が切れないように鼻から息を吐いた。そして吸い込んだ鼻の二つ穴からは香ばしい香りが入ってきた。

松本の隣りに腰を下ろした高嶺は、

「七味にしますか?それとも一味?」

「てめぇは茶を入れに行ったんじゃねえのかよ」

「はい、気になって戻ってきてしまいました」

「俺は生姜醤油派だ」

「それは残念」

「ひとつも残念なことなんてねぇよ」

「さすが探偵さん、前向きですね」

「てめぇほどじゃねえけどな」

引き攣る頬を隠しもせず、むしろ見せつける思いで顔を高嶺の方へ向けるも、当の高嶺は開いているのかいないのか判断のつかない細い目で笑っている。松本は起きたばかりの体を慣らすように肩を回した。





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