氷壺楼にその男が現れたのは窓に西陽が射す頃合だった。氷壺楼の門をくぐると見えてくる長い回廊。その両側にある白い壁は窓の代わりに壺の形にくり抜かれており、何故この店が氷壺楼と呼ばれているのか、ここを通れば誰もが理解できた。

この道に今、カランコロンと気持ちのいい音を刻みながら一人の男が歩いていた。あずかり屋である。

「どうもー、毎度おおきに。あずかり屋どすー」

調子外れな高い声とともに着流しの男が現れた。手拭いを首に巻き、両手を袖の下に含ませたまま片手にやや大きめな扇子を持っている。

「相変わらず耳障りな挨拶やな」

「一夜子ママにはいつもご贔屓いただきまして」

「アンタの長い話なんぞ聞いとったら夜が明けてしまうやないの。とっとと仕事の話をしよか」

あずかり屋は扇子で自分の米神あたりをコツンと叩く。散切り頭の下には人懐こそうな細い目が笑っていた。一夜子はそれに応じるつもりもなく、チラリと部屋の時計を一瞥した。もうすぐ店に灯りを入れる時間だ。

一夜子も氷壺楼の主らしく、紫地に大柄の牡丹が咲き誇る着物に着替えていた。何故かボブカットの金髪のカツラを被っている。もはやこうなっては性別不明だ。暗闇で出くわしたら不明なのは性別だけに留まらない。未知との遭遇である。

「実はアンタに預かってもらいたいモンがあんねん」

「へぇ、なんなりと。」

一夜子が向けた目の方向をあずかり屋が辿ると、部屋の隅に置かれたソファに一人の男が横たわっていた。いや、寄りかかっているようにも見えた。とにかく力の抜けた軟体生物のような格好でソファに体を預け、ぐったりとして顔もよく見えない。着ている服と短い髪がなんとなく性別を判断させるくらいで、他に特別な情報は得られなかった。



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