ワイドショー家族
ワイドショー家族
 
 午前七時三十分。

いつものように玄関を飛びだした加奈(かな)は、勢いよく海に落っこちた。

 なんでこんな所に海が。

 ごぼごぼと泡を吐きながら沈み、必死に水を掻いて浮きあがる。妙に爽やかな空気を吸いこんで、息を止めた。塩辛さがしみる目をしばたかせる。

 嘘でしょ。

 信じられない思いで周囲に視線を走らせる。

 見渡す限りの青海原だ。ぽつんと一軒だけ、見慣れた二階建てが浮かんでいる。

 クリーム色の壁に赤い屋根。のんきに、ぎらつく日射しを照り返すそれは、間違いなく彼女の家だ。
 
地球温暖化の文字が頭をよぎる。一夜の内に、なんらかの原因で海面が上昇し、我が家だけが助かったとか。
 
 まさか。

 立ち泳ぎしながら青ざめる。そういえばまだ二月のはずなのに、夏のような気候だ。おかげで海に落ちたというのに、全然寒くない。制服がまとわりついてきて、体が重い。
ゆっくりと手足を動かし、今しがた出てきたばかりのドアに寄り、強くノックする。


「なに、なんか忘れ物したのッ?」

 パーンと開いたドアから、慌てたような悲鳴と一緒にお母さんまで降ってきた。盛大な水しぶきがあがる。

「ごめん! 言えばよかった」

助けようと平泳ぎで近づく間に、お母さんは自力で浮き上がり、エプロンを水中でひらひらさせながら華麗な背を泳ぎを始める。

「大丈夫、泳ぐのは得意だから。それよりこれって……海?」

「どう見ても……そうだよね」

「どうしてこんな所に海が……!」

お母さんの表情は、何故か段々と明るくなってくる。その様子に首を傾げていると、強盗でもやってきたのだろうと予想したらしいお父さんが、フライパンを手にドタドタと廊下を走ってきた。

海と家の境界線で立ち止まり、絶句する。彼は潮騒を数秒間聞いたのち、肩を震わせ、がっくりと項垂れた。

「とうとうこの日が、来てしまったか」

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