幻影都市の亡霊
第四章 崩壊と始まりのとき
「ほう、これが私の甥っ子か。そしてウィンレオの息子だ」
ユークラフの抱いた赤子を覗き込んで、オーキッドは本当に嬉しそうに笑っていた。ウィンレオも、ユークラフも嬉しかった。
「まだ信じられませんわ。わたくしとクロリス様の御子だなんて」
穏やかに笑う妹の顔を、オーキッドは驚いたように見上げた。
「そう、ユークラフと『私』の子供だ」
長い時間ウィンレオと共にいるオーキッドは敏感に感じ取っていた。ここにいるのは亡霊王クロリスであって、ウィンレオではなかった。
「……ユークラフ、まだウィンレオと呼ばないのか?」
「そんな……」
やはり、ウィンレオと呼ぶことをやんわりと否定するのだ。良くない兆候だと、オーキッドは感じた。どうして妹はウィンレオに心を開かないのか――。何が妹をここまで戒めるのか、実の兄である自分ですらわからなかった。
「いいよ、オーク。彼女といると心が安らぐのは確かだから」
確かにそれは真実だった。だが、何かがいけない。
「それではな、身体に気をつけるんだぞ」
オーキッドは部屋から去っていった。
――それから、たった数ヵ月後の出来事だった。
その日、ヨミとオーキッドが何気なく街中を散歩していた。
「コロテスも大きくなったからな、何かお土産を買っていこう」
オーキッドは甥っ子を溺愛していた。そんなうきうきわくわくしたオーキッドの姿を、ヨミは楽しそうに眺めていた。
「これだとファザーがコロテスに懐いているようだ」
「はは、そうかもしれないな」
オーキッドがふと、空を見上げる。険しい顔だった。
「……歪みがある」
オーキッドの言葉につられ、同じ方向をヨミも見た。確かに幻界に歪みがあった。安定した器を持つウィンレオにしては珍しいことだった。