幻影都市の亡霊
第四章 崩壊と始まりのとき

「ほう、これが私の甥っ子か。そしてウィンレオの息子だ」

 ユークラフの抱いた赤子を覗き込んで、オーキッドは本当に嬉しそうに笑っていた。ウィンレオも、ユークラフも嬉しかった。

「まだ信じられませんわ。わたくしとクロリス様の御子だなんて」

 穏やかに笑う妹の顔を、オーキッドは驚いたように見上げた。

「そう、ユークラフと『私』の子供だ」

 長い時間ウィンレオと共にいるオーキッドは敏感に感じ取っていた。ここにいるのは亡霊王クロリスであって、ウィンレオではなかった。

「……ユークラフ、まだウィンレオと呼ばないのか?」
「そんな……」

 やはり、ウィンレオと呼ぶことをやんわりと否定するのだ。良くない兆候だと、オーキッドは感じた。どうして妹はウィンレオに心を開かないのか――。何が妹をここまで戒めるのか、実の兄である自分ですらわからなかった。

「いいよ、オーク。彼女といると心が安らぐのは確かだから」

 確かにそれは真実だった。だが、何かがいけない。

「それではな、身体に気をつけるんだぞ」

 オーキッドは部屋から去っていった。



 ――それから、たった数ヵ月後の出来事だった。

 その日、ヨミとオーキッドが何気なく街中を散歩していた。

「コロテスも大きくなったからな、何かお土産を買っていこう」

 オーキッドは甥っ子を溺愛していた。そんなうきうきわくわくしたオーキッドの姿を、ヨミは楽しそうに眺めていた。

「これだとファザーがコロテスに懐いているようだ」
「はは、そうかもしれないな」

 オーキッドがふと、空を見上げる。険しい顔だった。

「……歪みがある」

 オーキッドの言葉につられ、同じ方向をヨミも見た。確かに幻界に歪みがあった。安定した器を持つウィンレオにしては珍しいことだった。
< 83 / 168 >

この作品をシェア

pagetop