唇が、覚えてるから

一期一会


「柏原さん、おはようございます」


朝の仕事が終わると、次は担当患者さんの検温と血圧測定だ。

今日もいつもの笑顔で病室へ顔を出した。


「おはよう」


実習生は期間中一人の患者さんにつかせてもらう。


私がついているのは柏原葵さん29歳。

結婚してすぐに妊娠したけど流産してしまい、その後4年の不妊治療を経てようやく赤ちゃんを授かった初産の人。

今は切迫早産で入院していて絶対安静中。


「36.3分。平熱ですね」


体温をカルテに書き込んでいく。

私が側について勉強させてもらうことを、柏原さんは快く承諾してくれた。


「あともう少しでこの子も生まれてくるのね」


書き終えて顔をあげると、朝日が差し込むベッドの上で、柏原さんは愛おしそうに大きいお腹をさすっていた。

それを見て、私もつられて口元が緩んだ。


「楽しみですね」


柏原さんは、もうすっかり母親の顔になっている。
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