砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
カリム・アリーは王の息子でありながら、奴隷の子として蔑まれて育った過去がある。毒を飲まされたり、崖から突き落とされたり、何度殺されかけたか数え切れないほどだ。

母の亡くなった後が一番酷かった。半年ほどでサクルの母に引き取られなければ、確実に殺されていただろう。


彼には確たる身分がない。あくまで“王の側近”それだけだ。王の異母兄を名乗っていられるのも、サクルがそれを認めているからに過ぎない。

もし王の不興を買えば、カリムはアリーという父の名すら失い、再び奴隷の子と呼ばれるだろう。それを考えれば、彼には妻子を持つ気にはなれなかった。


そんなカリム・アリーにとって、バスィール大公の座は魅力だ。バスィールの首都は、彼が憧れてやまない緑に囲まれた宮殿だという。

但し、そのためにはレイラーを妻にする必要がある。カリム・アリーは三十三歳。半分以下という年齢の少女に女の魅力を感じたことも、ましてや妻にするなど考えたこともない。

しかも高い身分の女はとくに苦手としていた。


高慢ちきで取り澄ました女を見ると、欲情どころかズタズタに引き裂き、傷つけてやりたい衝動に駆られる。

レイラーも同じだ。サクルではないが、砂漠に置き去りにしてやりたい気持ちのほうが強い。


カリム・アリーが高貴な身分で好感を覚えた女性は、サクルの正妃、リーンだけ……。

不覚にも邪な感情が心を掠め、カリム・アリーはサクルに背を向ける。


そのときだ。扉の向こうから慌てふためく女性の声が聞こえた。


「陛下! わたしでございます。どうかシャーヒーンをお助けください。スワイド殿下が……」


声の主はリーンだった。


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