砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
彼は夜着の白衣を身にまとい、リーンの髪に触れながら、こちらを見下ろしている。


「わかっております。ただ、申し訳なく、悲しいだけなのです。わたしのせいかもしれないと思うと……」


リーンがレイラーに付き添い、宮殿を出たときにはなんの問題も起こってはいなかった。

東の大国とのバランスは微妙ではあったものの、レイラーがクアルン王に嫁ぐことで、攻め入られる心配はないと誰もが胸を撫で下ろした。

クアルン王国同様、バスィールにも安定のときがきた、と。


それがどうだろう。リーンが王女と認められた途端、あちこちに綻びが見え始めた気がする。

そもそも逃げ出したレイラーのせいだ、と言ってしまえばそれまでだ。

だが、それができないのは、リーンがレイラーの代わりにクアルン王の妃に“させられた”訳ではなく、サクルを愛するあまり“喜んでなった”せいだろう。


「わたしが……サクルさまを愛してしまったばかりに」

「何を言っておる! 理由がなんであれ、自らの行いは自らによって責任を取る。それができぬというなら、他人の命令に従うよりほかあるまい。彼らは大公だけでなく、私にも逆らった。人を殺(あや)めようと剣を抜くとき、相手の剣に胸を貫かれることは覚悟の上だ。それは、剣を手にする者の責任。お前が泣いてはならぬ」


サクルの指が優しくリーンの頬に触れ、その唇が涙を拭った。

くすぐったい感覚がしだいに全身を包む込む。そして、サクルの唇がリーンの唇に重なったとき、甘い疼きが彼女の下腹部に広がり……。

リーンはわずかに唇を開き、サクルの舌を迎え入れていた。


< 56 / 134 >

この作品をシェア

pagetop