罪でいとしい、俺の君
5
リアの実家…まだ家はそのまま残されており、リアは中にいるようだ。GPSは間違いなくここを指していた。

「よくGPSなんて持たせてたな」
「ハワイで持たせてた携帯をリアの私物鞄に忍ばせておいて正解だった」

何かあった時にとこっそり鞄の底板の下に滑り込ませてある。そうそう気付きはしないだろうな。

「全く忙しい日だな。とりあえずまた会場に戻るから、迎えがいるなら連絡をくれ」

井原はバタバタと会場に戻る。俺はそれを後目に、作らせた合鍵で家に入った。
日も暮れて中は暗いが、三年前に建てられたばかりのバリアフリーの家は、今も誰か住んでいるように生活感に溢れていた。電気は止められているが、廊下の突き当たりの部屋からは明かりが漏れている。ベッドルームのそこにキャンドルの明かりに照らされて、リアがベッドで丸くなっていた。
時折揺れる肩と小さく聞こえる声に、また泣いているのだと知らされた。

「リア」
「っ!?…あ……」
「勝手に出て行きやがったな」
「っ」

声を掛けると飛び上がるように躯を起こした。じりじりと近寄る俺と距離を取る。

「もうっ…放っといてよ」
「出来たらやってる」
「じゃあそうしてよ!」
「出来ないから迎えに来たんだ」
「メール…見たんでしょ」
「ああ…」
「ならもう放っといて!全部返したんだからっ!慰謝料とか全部…いらなかったんだから!」
「そんなものはもう関係ない。俺の意志で来た」
「謝罪とか償いとか…もういらないんだからぁっ…」
「それだけじゃない。だから来てる。家に帰るぞ」
「私の家はここだけだもん…帰るとこなんてない」
「お前が帰れるのは俺のところだけだ」
「勝手に何でも決めないで!私の意見も聞かずに…勝手にっ……」

リアには告げず自殺を決めた両親…残されるリアがどんな気持ちになってどうなるかも知らず、二人で楽になる方法を選んだ……。

いや…リアの事は散々悩んだんだろう。亡くなった今では真意を知る事は叶わないが、リアがどうでもよかったわけではないに決まっている。
老い先長い、一人娘を案じない親がいるわけがない。しかもこれまで健気に両親を支えてきただけに、最後の最後までリアを思っていたはずだ。

「これから先も…俺とあの部屋で暮らさないか、リア?」
「…出来ないっ」
「ならこっちに越せばいい。お前の好きなところにすればいい。何なら新しく買うなり建てるなりしてやる」

どんな提案にも首を横に振る。…叶えてやりたい…リアの願いの全てを。

「甲斐征志郎とは…一緒に、住めないっ」
「っ…リア…」
「住めないっ」
「俺はお前と生活して行きたいと思ってる」
「もうなんにもいらない…償いも慰めも……いらないから放っといてよ」

放っておけないから…傍にいたいから…何よりリアを想っているから……離れてはやれない。リアが嫌がっても…泣いても無理だ。





甲斐征志郎とは住めない…妹みたいに扱われたくない。だってヤダもん…他の人と結婚するくせに、まだ一緒に暮らそうなんて。
ヒドすぎるじゃん…ハワイでシたのだって、慰めてくれただけで、彼女の代わりにしただけで…。私じゃない…甲斐征志郎はただ忠実に【上の決定】ってのを守ってるだけ。甲斐征志郎の…社長の上だから会長とか、とにかく自分の意志で始まった事じゃないはずだもん。
私がどんなに甲斐征志郎が好きで、好かれる大人になりたくても、私なんかじゃダメに決まってる。子供なんて面倒で扱い辛くてウンザリしてる。ベソベソ泣いてばっかりの私なんて…。

「もう…事故の事蒸し返さないし、口にもしないし、訊かれても答えないから……KAIコーポレーションの名前も出さないっ」
「っ!?」
「会社の為に我慢しなくたって、私…もう絶対に関わらないから……だから私にも一生関わらないで…」
「っ…俺はなぁ!高々会社如きの為に女なんか抱くか!」






会社の為にリアを抱くような、勿体ない事が出来るわけないだろう?大切に抱いたのに……苦痛だったのか…?

「俺は一生、お前に関わって生きて行きたい。死の直前までお前を想って、お前のいないところでは絶対に逝かない」
「っ…」
「リアが嫌がるなら社長も辞めて、いっそKAIコーポレーションなんて潰してやる…俺が一人の男としてなら…お前に関わって生きていけるんだろう?」
「な、に…言って…」
「一般企業に再就職しても平から上り詰める自信はあるし、お前を養いながら質のいい暮らしをさせてやれる自信もある。家族が欲しいなら育てる余力くらいは十分にある、ペットも欲しければ飼おう」
「え…?…なんで…そんなっ…」
「お前の一生に関わるにはそれしかないだろう?KAIコーポレーションには何の未練もない。元々お前に関わる為だけに上り詰めただけだ。その途端に事件を起こされるとは思いもしなかったがな」

ここまで明かしたなら、もういっそ全て明かしてやれ。恥も外聞も、それでリアにわかってもらえるなら痛くも痒くもない。

「三年前…初めてリアを見た。甲斐運輸の尻拭いの謝罪に嫌々、ここに来た事がある…まだ専務だった頃だ」
「…お母さんの時……?」
「ああ…上り詰めれば接点を生む事も可能だと思った。だから今の俺がいる…一回り以上年下の女に三年以上も片想いしてる三十男もそうはいないだろう」
「え……?」
「好きでもない女の私生活に勃つ男がいるとでも思ったのか?」
「え…え!?」
「井原にまでメクジラ立てる狭量な男だとは…自分でも思ってなかったがな」

驚いたのかぴたりと涙が止まった。ゆっくり近付いて、やっと触れる。

「法律的には結婚出来る年だろう?」
「っでも……」
「この後に及んでまだ気に入らない事でもあるのか?」
「婚約者…パーティーで発表、て……」

その反応は…期待、するぞ?

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