愛しい太陽
6
二日後に姿を見せた陽菜はアズィールと共に迎賓館に向かっていた。

「あら、陽菜ちゃん」
「おば様、おめでとうございます」

美月の両親がシャーラムに到着したとの知らせを受け、陽菜が接待すると言い出したのだ。

「おじ様たちが退屈するんじゃないかと思って」
「すまないね、陽菜ちゃん」
「いいんですよ」
「陽菜さん、後ろの人…偉い人?」

美月の弟、陽輝がアズィールに気付く。

「美月の旦那様になるサイード殿下の兄で、継承権第一位のアズィール=シュラフ=ジーン=アル=シャーラム王子殿下…美月の義兄になる方よ」

 呉原一家に紹介してすぐにアズィールに向き直る。

『美月のお父様、お母様と弟の陽輝。英語は出来る一家だから』
『ご挨拶が遅れました。サイードの兄、アズィールと申します』

王太子自らが陽菜と共に呉原一家を接待した。一家希望の砂漠ツアーに出て、オアシスの街で駱駝に乗り、迎賓館で晩餐会が開かれた。そこでアズィールから婚儀の式典の式次が簡単に説明される。
 陽菜は呉原一家と懇意にしているらしく、まるで家族のような扱いだ。陽菜には温かな家庭の思い出がない。それを知っているのか、一家はそこにいて当たり前であるかのように陽菜と接していた。

 翌朝、漸く蜜月が明け、陽菜は朝から行くと聞かず…仕方なく月離宮へと車を走らせた。アズィールは準備の為に先に王宮に向かうのだ。
月の輝く夜、親族だけの式典が始まる。アラビア語の誓いも一家に通訳してやり、感激のまま式典を終えた。
その翌日には国民向けの式典だ。その後にはアズィール主催のランチがある。アリーはアズィールの依頼で外している為、陽菜は侍従の如く働かされている。

「え~…と、配置、配置…っと」

テーブル上の配置やら手順やら…すべき事はかなりある。

「アリーさんてすごいのね…侍従って大変」

溜息混じりに王太子宮を駆け回る陽菜は、宮殿内でもアズィールの妻となる人物である事がすでに知れている。
だのにスーツ姿であちこち確認したり、指示して回るのだ。ランチが日本食である事もあり、料理人や給仕たちが陽菜に教えを乞う。にこやかに且つ丁寧に答えてくれる陽菜は、王太子宮でアズィールに仕える者たちからも好印象だ。

「それは左側からお願いします。右で箸を持つので、ご飯茶碗や汁椀のように手に持つ器は、左側に配置するとスマートに食事をして頂けるんですよ」
「申し訳ございません、ヒナ様」
「いえ、私が逆の立場なら同じ事ですから、そんなに謝らないで下さい」

アラビア語が話せると、サイード妃の美月から聞いていた。実際に話が出来た事で陽菜の好感度も急上昇していた。王太子宮ではハレムの世話も賄うのだが、すでにアズィールの寵愛が得られていない女たちの中には、まるで王太子妃のような贅沢をする者もいる。ツンと澄まして命じる様は哀れだ。
だからこそ陽菜の一挙手一投足に注目が集まり、本人の与り知らぬうちに好感度が上がる。

「ご苦労様です」

擦れ違う侍女や兵にも、誰彼構わず会釈して、笑みを浮かべて声を掛ける。一度話した相手は根っからの秘書であるせいかすぐ覚えてしまう。

「先程はありがとうございました、とても助かりました」

目上も目下も関係なく挨拶し、労い、話す。

「お願いしたい事があるんですが…」

必要な事も命じるのではなく、丁寧に頼む。陽菜にとっては当たり前の事が、ここでは非常に珍しく、勤める者たちに覇気を与える。


「アズィール殿下…妃殿下が宮殿を駆け回っておられますが…」
「あぁ、仕方ない。ヒナは根っからの秘書だからな」
「ですが妃殿下になろうと言う方が…」
「あれでいい…ヒナには王太子妃と言う堅苦しい地位を気にする事なく、自然に馴染んでもらわねばならん。それに…随分評判がいいそうだな」
「それは…妃殿下からお声を掛けて頂けるのですから」

大臣は陽菜が宮内を駆け回っているのを良しとしないようだ。

「我々も見習うべきだな…自然に他を敬い、地位も問わず一個人を大切にする…ヒナは人を惹きつける…私を含めて、だが」

アズィールは穏やかに笑みを浮かべている。

「それにミツキはヒナの最も親しい友人だ。ヒナに任せておいて問題はないだろう?何かあれば責任は私にある。それでいいはずだ。異論は?」
「ぎ、御意…」

給仕の方法を教え、厨房に呼ばれ、ホールを確認し、初の日本食となる重臣にも作法などを教える。後輩指導にも当たる為、ものを教える事には慣れている。手際の良さは美月に近いものを垣間見た。


「よくお出で下さいました、陛下」

予定時刻より少し早めに父である国王が王太子宮に到着した。

「誰か作法に詳しい者はいるか?誰に訊いてもはっきりせん」
急遽、日本食になる事が決まったせいで、国王に作法を伝えられる者が王宮にいなかったらしい。
「ではヒナを呼びましょう」
「お前の妻か…ミツキの同僚の娘だな」
「はい。今日は全てヒナに任せてありますので」

突然呼ばれた陽菜だが、国王に作法をと言われ、戸惑う素振りさえなかった。作法に関する習わしや理由を交えながら、実際に見せて教える。時折感嘆の声を上げる国王に微笑みながらも、一通りの作法を説明し終えた。

「殿下、そろそろサイード殿下がお着きになるお時間です。呉原ご一家はすでに控室へお通ししました」

時計を確認した陽菜は、秘書の顔でそう告げる。

「あぁ」

 ランチは和やかに進んでいる。陽菜は裏方に徹して、緊張する給仕を励まし褒めながら進行を見守った。最後のデザートを出して、給仕が全てホールを出ると、一人一人とハイタッチを交わし、労いの言葉と共に一緒になって成功を喜んだ。その足で厨房にも向かうと、同じくシェフらを労い、平らげられて下げられた皿を目にして喜ぶ。喜々とした表情はどこか無邪気にも見え、親しみが湧いた。
ランチを終えたサイードや美月、呉原一家はアズィールと国王に伴われ、中庭のテラスで穏やかな時間を過ごしていた。美月が陽菜に会いたいと言い出した為、片付けを指示していた陽菜は、周囲に勧められて中庭に向かった。
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