徹底的にクールな男達

祈りを込めた結婚


 武之内の前で素でいられないまま、何1つ府に落ちないまま、麻見は婚姻届にサインをした。
 
 だけど、それが強引だったのかと言えば、違う。

 それなりに意思はあったし、子供のためにも結婚しなければと思ったし。

 ただ武之内がこの先優しくなって幸せにしてくれるだろうということだけを夢みて、祈る気持ちでサインをした。

 その祈りの中には、己の祈りとは違う、親の祈りも後押ししていたからかもしれない。

 武之内は結婚相手として、親からみれば何の不足もなかった。

国立大学出身、同じ会社の身元の割れた役職者、そしてなにより、

「彼が株で貯めた貯金が五千万くらいあるから、しばらくしたらこっちでキャッシュで家建てるね」

その一言に尽きただろう。

 おなかの子供も、全てはその金でチャラになったといえる。
 
同時に武之内の親とも会い、話をしたが、元々良い家柄の上に国家公務員という身分のせいか、何1つ嫌な思いをすることはなかった。

都心からは2時間程離れた場所だが、住むのに不便さを感じるような場所ではない。大きな青い屋根の洋風の家で、庭ではバラを栽培しており、時期になればアーチになるだろうと想像がついた。通されたリビングもとてもおしゃれで皮張りのソファは高級品そのもの。出されたケーキは専業主婦のお母さんのお手製で、売り物のように美味しかった。

ただ、甘い物が苦手な息子のために、わざわざ別にこしらえたクリーム少な目のケーキを出す辺りが、良い嫁の手本を見せられている気がして嫌になる。

「智(さとし)君はいちじくのタルトが一番好きなの。後は、ナスの味噌汁とサンマね」

 その、全てを私は何も知らない。

 なのに、結婚式の予定も立たないまま私の苗字は武之内になり、広いマンションに移り住み、二週間の有給が切れたと同時に今度はつわりで体調を崩して再び有給生活に入った。
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