徹底的にクールな男達
4月

初めの第一歩

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 ホームエレクトロニクス最大店舗、東都シティ本店。ここで副店長を張る柳原 孝太郎は眉を顰めて肩の凝りをほぐそうと、首をぐるぐる回し続けていた。

 だが、そうした所で疲れがとれはしない。一度休憩を取って禁煙の店長室で秘かにニコチンを肺に入れ、コーヒーを飲むより他はない。

 午後3時、本日の午後2時までの前年比に対しての売上速報がランキング形式で店長室のパソコンの画面に表示される。

 伸びは悪くない。年々悪い所は改良されているし、更に人事の網の目が大きくなっている。つまり、出来る大きな奴しか残れない世界になってきていた。 

 もちろん、客もそれを見抜いてここへ集まる。

 それよりは、分散させて全店の集客率を上げた方が良いとは思う。だが、東都シティ本店がこれだけブランドに拘って作られている以上仕方がない。

 なのに今のレジカウンター人員はイマイチやる気が薄い上に、カウンター部門長もパッとしない。次に代わるとしたら、あそこだろうな……。

 そう思いながら椅子をにギッと背をもたせてふっと煙を吐いた途端、携帯電話が鳴った。

 一息ついたところに何だと思いながら、ディスプレイを確認する。

「麻見?……」

 何の用だ。

「はい」

 俺は迷うことなく受話ボタンを押した。最後に話した時はやる気になっていた姿だが、あれからどうなったのか噂も聞かない。

『もしもし、武之内 依子です』

「…………」

 武之内? 俺は耳に充てていたディスプレイを見直して、「麻見」であることを確認する。彼女の名前は確か依子だったし、声がそうだ。だとしたら……

「麻見? もしかして、結婚した?」

 そういう報告か、まさか結婚式への招待の電話か? と予測が走る。

『……まあ』

 武之内店長の元だが、まさかそんなことはあるまい。

「おぉ、おめでとう。久しぶりだな。元気にしてたか?」

『……そういう意味では、あんまり元気じゃないかもしれません。私、昨日退院して、まだ少し安静にしてないといけないんです』

「ええ!?!? どうした!? そんなに体調悪いのか!?」

 ここが、店長室であることを忘れるほどに声を出してしまっていた。

 そう言われれば電話の声もどんよりしているし、相当重い病にでもかかったのか!?

『妊娠して、流産したんです』

 それはあまりに、淡々と放たれて。

 返す言葉も見つからない。

「……それは……大変だったな……」

 それで、精一杯。

『私、結婚して引っ越して中央区に住んでるんです。で……仕事復帰を考えてるんです』

「あ……あぁ……いつまで安静にしてないといけない?」

『後3週間くらい』

「今はそしたら有給か?」

『はい。でも私、その前から休んでいるのでそのうち有給も使い切ってしまいます。だからその後は休んで、それから復帰したいんです』

「うん……。えっ、ここで?」

『桜田店へは40分くらいかかります』

「ここへは5分くらい?」

『はい』

 なるほど、安易な考えは変わっていないようだ。

「……それはちょっと難しいな。

 本社通しての話になるし、実際、家が中央区でも遠い店舗に行ってる奴らはいくらでもいる」

 増してや、麻見のような平社員の下ではどうにもならない。

「……武之内店長にはその話した?」

 そういえば、仲はあまりよくなかったな。

『いえ……。話す気にもなれません。でも、誰かに相談したくて……』

 参ったな。関係は悪化してるのか。

「うん……そうだな……。流れとしては、おそらく、復帰の事を本社に伝えた上で元の店舗に戻ることになるだろう。少し遠いが仕方ない」

『…………』

「東都シティの方が断然近いが、そういう基準で配属店舗が決まるわけではない。特に、言い方が悪いがここは精鋭ばかりだ。桜田店クラスでカウンター部門長クラスになってようやく、カウンターに立てるんだよ」

『……私でも、頑張ればできますか?』

「え?」

 思いもよらぬ言葉に、思わず聞き返した。

『……私……離婚しようと思ってたんです』

「えっ、いつ結婚したんだ??」

『一か月前です。妊娠が発覚して、結婚したのに。結婚して産んで欲しいっていうから結婚したのに、流産したんです。私は別に結婚したいわけじゃなかったし、離婚しようと思ったんです』

 なんと、そんな事情があったとは……。流産は仕方ないにしても、後先考えずに行動し過ぎだ。ちゃんとさせるためにサブリーダーも下ろしたのに、変わるどころか悪化している。

『だけど、その……後藤田さんに、離婚するんだったらちゃんと自立してからにした方がいいって言われて』

「後藤田さんってあの? そんな深い関係になってたのか?」

 なんでそんなアドバイス……。

『色々あって……。でも、私すごく離婚したかったけど、今はそうは思わないんです。ちゃんと自立して、ダメだった時にしようってちゃんと考えられるようになりました』

「…………」

 そんなまっとうな人間には、到底見えなかったが……。うまい事言って、結局は掌で転がすつもりか。

『柳原副店長』

「……え?」

 それに、色々って何があった……。

『私、もう少しお話がしたいです』

「あぁ……でも今はそろそろ休憩が明けるから」

『はい、後でいいので、お時間作っていただけたら、幸いです』


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