氷の魔女とチューリップの塔
朝の光の中で
鼻をつく薬草臭の向こうから、美味しそうな匂いも漂ってくる。

スリサズは、寝ぼけ眼を擦りつつ、自分の物ではないテントから這い出した。

朝日が眩しい。

手足に巻かれた包帯は、そのきれいな処置の仕方から、スリサズが無意識のうちに自分で巻いたなんてわけでないのは明らかだ。

森との境。

花畑の端っこ。

テントの向かいの焚き火の向こうで、長身細身の赤毛の青年が、見覚えのある冷凍ピラフを勝手に温めて食べていた。

「ちょっとロゼル!
それ、あたしの!」

「………」

ロゼルと呼ばれた青年は、無言のままスリサズの分の皿を差し出した。



交わす言葉も特になく、二人黙々と朝食を平らげる。

スリサズは明らかに不機嫌だが、ロゼルはもともと無口なだけだ。

花畑を見渡せば、氷漬けのチューリップのつぼみ達が、朝日を浴びてキラキラと宝石のように輝いている。

時間とともに気温が上がり、氷が解けると、次第につぼみが開き始めた。

「枯れちゃったかと思ったのに」

「…マトモな花じゃないからな」

咲き乱れるチューリップは、ただの一輪も余さずに、全て同じ色をしていた。

黄色以外の花は、ない。

「何でこの色ばっかりなんだろ」

「…花言葉」

「何か言った?」

「…花言葉だ」

「だから花が何か言葉でもしゃべったっての?」

「…そうじゃなくて、花に…人間が勝手に持たせた意味だ。
…薔薇は愛で百合は純粋さというような」

「あー、あれね、はいはい。
チューリップにもあるの?」

「…色ごとに違うのがある。
…例えば、赤は“愛の告白”で…」

「黄色のだけでいい」

「“叶わぬ願い”」

可憐に広がる花畑を、森から吹く湿った風が揺らした。

「ロゼルってば、やけに詳しいわね。
まさかあんたがそんなロマンチックなもんに造詣があったとはねー」

スリサズが、空気を払うように茶化す。

「…今回の仕事のために調べたんだ」

滅多に感情を表さないロゼルが、珍しくムッとなったのを見て、スリサズは何だか少し勝ったような気持ちになった。
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