史上最低のハッピークリスマス
一応スーツを着込んでいるこのやかましい男が、この小さな会社の営業担当だ。
長谷川正幸。
麻子が入社して5年、年が近いせいか、ある意味一番気心が知れている仲かも知れない。
「おっ、今日もジムか?」
「うん」
「一週間に二回もずっとジムに通い続けるなんて、よっぽど暇なんだな。来週はクリスマスだってのに、寂しいねぇ」
嫌味に聞こえなくもないが、もう既に周知の仲だと言っていいこの男には、全く腹が立たないのが不思議だ。
「ついでに言っとくけど、クリスマスってあたしの誕生日なのよね。同僚としては当然、プレゼントの1つも用意してくれてるのよね?」
「あー…腹減ったな。確か饅頭あったよな?」
正幸は、事務所の隣に備え付けてある小さなキッチンの冷蔵庫を漁り始めた。
そこへ、相変わらずにこにこ顔の社長が口を挟む。
「プレゼントくらい、用意しますよ? ケーキでも」
「あ、やだ社長、そんなつもりじゃ…」
麻子は慌てる。
この社長の事だ、本当にケーキを買って来そうだ。
だが、来週の火曜日、12月24日のクリスマスイブが麻子の誕生日である事は、嘘ではなかった。
まぁ、一人暮らしの麻子には、クリスマスイブも誕生日も、あまり特別な日ではなかったが。
「社長、麻子にケーキ買うんなら、特大のヤツにしないとダメですよ。何たってロウソク、33本もいるんだから」
「32よ!!」
叫び返してから、思わず実年齢を言ってしまった事に、麻子ははっとする。
キッチンからニヤニヤしながらこっちを見ている正幸を、思い切り睨み付けて。
「あーもう、出来る事ならサンドバックにしてやりたいわ、あんたの事」
「それだけは勘弁」
大袈裟に身体を縮める正幸を無視して、麻子はナップザックを担ぐとタイムカードを押した。
「お先に失礼しますっ!」
笑いっぱなしの社長に憮然としながらも一礼して、麻子は会社を後にした。
★ ★ ★
三連休といっても別にやることもなく、1日目は何処にも出掛けずに、アパートでのんびり過ごした。
そして、取引先からの大事な受注のファックスが来ていない事に気が付いたのは、連休2日目、日曜日のの夕方だった。
確か急ぎの仕事で、発注書が届き次第、すぐにでも準備しないと納品が間に合わない。