従業員通用口を出ると、辺りは真っ暗な闇に包まれていた。
 秋が近いこともあって虫達が競うように合唱をしていたが、それ以外の音は全くない。

 誉はバッグを肩にかけ直し、暗闇の中を歩き出す。
 アパートまでは、のんびり歩いても二十分あれば着く。

「高橋君っ!」

 200メートルほど進んでから、透明感のある女性の声に呼び止められた。

 誉の心臓は跳ね上がらんばかりに速度を増した。
 この声の主の正体は、すぐに分かった。

 誉は足を止めると、一呼吸置いてから振り返る。

 やはり、声の主は一穂だった。
 一穂は、踵の細い不安定なサンダルで小走りして来る。
 そして、誉に追い着くなり、「高橋君、ちょっといい?」と訊ねてきた。

 避けられていると思っていただけに、一穂から声をかけられたのは意外だった。
 誉は驚きつつも、嬉しかった。

 口元も自然と綻び、「はい」とふたつ返事をしたが、咄嗟に隆太の存在を想い出し、続けた。

「ただ、場所を変えませんか? 原田の奴がこれを見たらあとで何と言うか……」

 何故、隆太の名前が出てきたのかと、一穂は思ったに違いない。
 しかし、一穂も何やら察したのか、「分かったわ」と頷いた。

「じゃあ、私の車で」

 そう言って、一穂が先に立って歩き出した。

 また、密室でふたりきりになってしまう。
 誉の脳裏に昨日のことが過ぎったが、人目に付き難い場所は車内以外になさそうだと思い直し、素直に従った。
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