◆◇◆◇

 二時間ほどで切り上げるつもりが、予想以上に盛り上がり、気が付くと十一時をとうに回っていた。

「嘘っ、終電出ちゃってるじゃん……」

 腕時計に視線を落としながら、一穂は片肘を着いた姿勢でこめかみを押さえた。

「どうしよ……。もったいないけどタクシーで帰るしかないか……」

 空になったグラスを前にひとりごちると、「あの」と遠慮がちに声をかけてくる者がいた。言うまでもなく、誉だ。

「鈴村さん、明日は仕事ですか?」

 突拍子もない質問に、一穂は一瞬、ポカンと口を開けた。
 が、すぐに我に返り、「休みだけど」と答えた。

「でも、何でそんなこと訊くの? まさか、明日も飲みに行きたい、なんて言わないでしょうね?」

「そんなこと言いませんよ」

 誉はきっぱり否定したあと、少しの間を置いてから、一穂を仰天させることを口走った。

「良かったらですけど、俺のアパートに来ます?」

 最初は、何の冗談を言ってるの、と一穂は笑い飛ばしそうになった。
 しかし、誉の表情は真剣そのものだった。
 笑うどころか、そのまま絶句してしまった。

 しばし、ふたりの間に沈黙が流れた。
 しかし、辺りからは賑やかな声が絶え間なく響き続けているので、静けさとは無縁な状態だった。

「どうします?」

 いっこうに声を発しない一穂に、誉が催促するように訊ねてきた。

 一穂はグラスの外側から漏れた水滴を指先で拭い続ける。
 誉と顔を合わせるのが何故か怖くて、わざと視線を落とした。
 だが、いつまでもだんまりを決め込むわけにもいかない。

「――ちょっとだけなら……」

 周りの喧騒に融け込んでしまいそうなほどの声を出したが、誉にはしっかり届いたらしい。
 恐る恐る誉を見ると、安堵したように微かな笑みを浮かべていた。

「じゃあ、早速行きましょうか。ただ、誘っておきながら何ですが、ウチはビックリするぐらい狭くてボロいですから覚悟しといて下さいね」

 誉は肩を竦め、テーブル下に差し込んであった伝票を手に取って立ち上がった。
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