甘い恋の始め方

タイミングの悪い夜

******

「ただ……いま……」

自分の部屋に戻った理子は、ジャケットも脱がずにベッドにうつ伏せになった。

我慢していた涙は代官山の駅を降りてから決壊して、家に戻る道を泣きながら歩いていたのだ。

長時間の緊張と泣き過ぎたのか、頭が鈍痛を訴えていた。

(頭……痛い……)

「泣くなんて29歳の女がみっともない……」

そう声に出してみたものの、悲しさは一向に和らがない。

翔の浮気現場を見たときもショックだったが、婚約までしていたあの時より今の方が抑えきれない悲しい気持ちが、怒涛のように次から次へと溢れ出てくる。

いわば悲しみの垂れ流し状態。

「幻滅されちゃったんだから、これで良かったんだわ……」

『逃げないでください』

悠也の言うとおり、理子は逃げてきたのだ。

恋愛経験はまずまずある理子だが、今の状況は対処できなかった。

(可愛げのある女だったら……あの場で涙を見せて弁解していたら……久我副社長はどうしてた?)

話しあいましょうと言ってくれていたのに、その言葉にも耳を傾けられなかった。

< 159 / 257 >

この作品をシェア

pagetop