三十路で初恋、仕切り直します。

「ちょっとエリカ、さすがにそれは聞いちゃ駄目でしょ」

隣に座っていた美玲が慌てて止めに入るも、エリカはまるで意に介した様子もなく言葉を重ねる。

「泰菜ってば桃木くんのこと、彼氏じゃないって言い張ってるんだけど。本当にそうなの?もしそうなら今度はあたしが『イルメラ』に乗せてほしいな?」



エリカのあからさまなアピールに、法資は伺うように泰菜を見てくる。



------ちがうちがう、わたしは法資のことは何も言ってません。



首を振ってみたりアイコンタクトで訴えてみる。だいたい事情は察したのか、法資は再び部屋に足を踏み入れると、泰菜の傍らに立って言った。

「彼氏じゃないって言ったのか?冷たい女だな。お友達の前でまで俺のことを振る気か、おまえ」


そういった目には、泰菜にしかわからないタイミングで合図のような笑みが過ぎった。


「数年ぶりにやっと日本(こっち)に戻ってきたっていうのに、相変わらずおまえはつれないこと言うな」
「数年ぶりって?どういうこと桃木くん」


泰菜が尋ねる前に、杏奈が興味深々の顔で法資に訊く。


「ああ、挨拶が遅れて失礼」

そういって法資は胸ポケットから名刺を取り出す。そのちいさな長方形の左上に、泰菜があまりにも見慣れたロゴが印刷されていることに気付き、眦が裂けんばかりに目を見開いてしまう。





『トミタ自動車株式会社 

海外事業部 アジア統括支部 海外販売戦略室 副主任 桃木法資』





「うっわ。トミタ自動車?ってことは泰菜と同じ?」


みんなが名刺を欲しがるからひとりひとりに手渡しながら法資が答える。


「同じと言えば同じだけど、こいつは生産ラインを管理をする現場の仕事で、俺はマーケティングとか営業関連の業務だから、同じ会社っていっても大分違うな。職場も違うし」
「泰菜は静岡の工場なんでしょ。桃木くんは今どこに?」

「2年前からシンガポール、その前が上海。この先もどこへ飛ばされるのやらだ」
「すっごーい、さっすが星濱園高校の不動の主席!それがいまや世界を股にかけるエリートビジネスマンだなんてかっこいい!」

「そんないいもんじゃないさ」


一人蚊帳の外で、友人たちに囲まれて和やかに話す法資を泰菜はどこか遠くの存在のように見ていた。





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