三十路で初恋、仕切り直します。

「ねぇ泰菜。高校のときのきつい話を聞いたうえで私がこんなこというのも気が引けるけど。でも泰菜が桃木くんのことを好きでも嫌いでも、これがもしかしたら最後のチャンスかもよ?」

しばらく目の前の車道を流れる車を無言で眺めた後、弥生がポケットから取り出したちいさなカードを手渡してきた。





そこにはボールペンの殴り書きのような汚い文字で、

『17時半 木原代バス停前 頼みます』

と書かれていた。





「これ、何?」
「桃木くんってさ、やっぱ泰菜のことよく分かってるよね」

泰菜の疑問には答えず、弥生は苦笑しながら言った。

「直接泰菜に言っても来てもらえないかもしれないって分かってて、確実に会うためにあえてわたしに泰菜のこと任せてくるんだもの」

弥生が泰菜の手の中にあるカードをそっと裏返す。それは法資が配っていた名刺だった。



このメッセージは『蓮花亭』の売店で一緒になったときに法資からこっそり渡されたのだと弥生は言う。どういうことなのと疑問符を浮かべているうちに、遠くから重厚なエンジン音をさせながら一台のスポーツカーが近付いてきた。


「ああ、来た来た」


弥生がブルーの車に向かって手を振ると、滑り込むように流れてきたそれが目の前で停止した。


「悪い、待たせたか?」
「ううん、全然大丈夫」


ウィンドーを下げて話掛けてきた法資に、弥生が「今来たばかりだから」と受け合う。


「いや、ほんと助かった。途中まで李さんも乗ってくか?よかったら送って行くけど」
「嫌ね、そんなに野暮じゃないってば。さっきおみやも買ってもらっちゃったし気にしないで。今日はすぐ傍の実家に泊まるし」


振り向いた弥生は、呆然とする泰菜の背中を押してくる。


「ほら早く乗っちゃいなさいってば」
「……どういうこと、これ……?」

「執念深いエリカ様を撒くためにね、ちょっと桃木くんが謀ったのよ。どうやらわたしはその共犯にされたみたいよ?」


弥生は意味ありげにちらりと法資を見たあと愉快げに笑った。


「ちょっとかわいそうだけど、エリカは今頃桃木くんのいない『桃庵』で悔しがってる頃なんじゃないかな」


帰り際のエリカは、そこに行けば必ず法資が捕まると思ってのことなのか、ここから下り方面に二駅行った桃庵に向かう様子だった。


「潔いくらい出会いに貪欲で自分に正直なところがエリカのいいところでもあるけど。泰菜がこれから桃木くんに会うって知ったら、どんなにだめだって言っても勝手についてきちゃうような子でしょ?だから私もつい手を貸しちゃいました」


弥生はそう告白してから泰菜の耳元で囁いた。


「泰菜、女の友情なんてほどほどでいいんじゃない?遠慮ばかりしてないで、たまには友達を出し抜くのもいい気分でしょ?」


言いながら弥生は躊躇う泰菜を助手席に送り込んだ。




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