三十路で初恋、仕切り直します。
「わたし一人で大人になり損ねちゃったみたいな気分だったけど、そんなこともなかったみたいで安心したわ、ありがとう法資。自分より中身が幼いままの人がいて、ああよかった」
「なんだと泰菜の分際で」
言いながら泰菜の頬っぺたに指を伸ばしかけ、でも子供のときのようにつまんだりひっぱったりするのはさすがに大人気ないと思ったのだろう、ぐっと堪えるように拳を握ったあと、法資はぴん、と指一本で泰菜のおでこを弾いてきた。
「痛っ」
「見た目も中身も対して成長してなさそうなおまえに言われたくないんだよ、童顔女」
「……痛いってばっ、何度もやらないでよ!」
「デコピンしがいのあるお前のデコが悪い。相変わらずのデコっぱちだな、お前」
子供っぽい印象のひろいおでこは、昔から泰菜のコンプレックスだった。それを知っていてよくからかってきたのが法資だったが、まさか30も過ぎて同じ事でおちょくられるとは思わなかった。
「……もうっ、法資のほうがよっぽど子供じゃないっ。言わせてもらいますけどね、そりゃ英達にいちゃんみたいな人は旦那さんにするには最適なタイプだったと思うけど。でもね、仮にチャンスがあったとしても法資みたいな意地の悪いのが義理の弟になるなんて願い下げよ」
「ああ、おまえが義理の姉さんだなんてこっちも御免蒙りたいな」
それだけいうと法資は暖簾をくぐって店に戻ろうとする。自分の言いたいことだけ無遠慮に言ってこちらのいうことを聞こうともしないのは昔から変わらない。
折角見惚れるくらいいい男になったのだから中身ももうすこし大人になればいいのに、と胸中で毒づいていると振り返った法資に不機嫌そうに言われる。
「おい、何ぼうっとしてんだよ」
「え?ああ、でも今日貸切って……」
「ただの町内会の会合だ。冷えるからさっさと中入れ」
それだけいうとさっさと入っていってしまう。
まるでこのまま帰ることは許さないとばかりに開きっぱなしにされた戸を見て、泰菜はのろのろ歩みを進めた。