三十路で初恋、仕切り直します。

息子の言葉に大将は驚いたように目を見張って時計に目をやる。時刻はまだ9時過ぎだ。


「もう終わりか?」
「十分だろ、どうせ後は気心知れた町内会のみなさまとの無礼講なら、俺がいなくてもどうにかなるだろ」

「まぁそうだが」
「どうしても手が足らなくなったら声掛けろよ。とりあえずこいつに食わせるもの貰ってくぞ」


そういってカウンターに並べられたお惣菜を次々に小皿に盛って盆に並べていく。それを泰菜に差し向けて、


「おまえこれ持って行け」
「うん?」
「ビールでいいか」


手馴れた様子で保冷ケースから瓶ビールとグラスを取り出しながら訊いてくる。


「うん。あっと。それと冷酒もあったらよろしく。甘いの嫌いだから辛口のね」
「--------図々しい女だな」

そういいながらも冷酒も取り出してくれる。

「グラスと一緒に持っていってやるから先上がってろ」


そういって顎で座敷席のある二階を示す。


受け取った盆の上にあるのは春菊の護摩汚しに酒盗のクリームチーズ和え、揚げ里芋の海老あんかけと、おろし大根添えの出汁巻き卵に具沢山の五目豆、それにモツ煮だけはどんぶりに山のように盛ってあった。どれも子供の頃から大好きなものだ。


現金なことに階段を上る足取りも軽くなる。


「おい、気をつけて上がれよ。寒かったら暖房入れとけ」
「ははは、随分世話焼きだな、法ちゃんは」

「ああ、なるほど。泰菜ちゃんは大将の倅といい仲だったのか」
「-------そうなのか法資?」


階段を上がっていく泰菜の背後で交わされる会話。


驚いている様子の自分の父親の問いかけに、法資は「ご想像にお任せします」と煙に巻くような返事をする。特に意味はないくせに思わせぶりな言い方をするのも昔から変わらないなと思いながら座敷席に向かう。



--------結婚適齢期の崖っぷちに、学生時代モテまくりだった幼馴染と一発逆転のゴールイン、か。



ありえないな。一瞬脳裏によぎった自分の想像に笑ってしまった。





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