少女達は夢に見た。
第9章 新しい友達
「“どぶ”読んだー?」


「読んでなーい!」


「早く読めよー。」


柚奈がぐでぐでと脱力しながら訊いてきた。


“どぶ川”が、ただの“どぶ”になっちゃったよ。


略しすぎだよ。


“どぶ”をどうやって読むんだよ。


読めないよ。


私の席の前にしゃがみ、冷たいに机に頬擦りをする柚奈を、哀れむように見つめる。


机の面についていない方のほっぺをつついてみれば、指が深くめり込んだ。


感動。


なんてやわらかいんだ。


「いたーい。」


言葉を発することさえ面倒そうで、思わず苦笑。


骨が抜けたみたいに、ゆるゆるのくてくて。


癒される……。


休み時間、5分延びればいいのに。


時計を睨み付けたって、時間が進むスピードは変わらない。


特になんの意味もなく周りを見渡してみれば、見知った人物が前側のドアからこちらを覗いていた。


目が不審者。


……なにやってるんだろう、友紀ちゃん。


でも体調良くなったのか。


昨日は疲れてたみたいだったけど、元気出たんだ。


とりあえずは安心かな。


そっと目をはなす。


「ちょっ!なに無視してんのお母さん!一瑠お母さん!」


な、なんだって!?


立ち上って視界のど真ん中に友紀ちゃんを捉える。


その動きは、私のピントがぶれてしまうほど素早かったから、


柚奈は机にぴったりとくっついていた頬を気だるそうに離して、友紀ちゃんを見た。


「一瑠お母さーん!」


大声で窓側席の私を呼ぶ。


クラスの皆は、友紀ちゃんの姿を一度確かめると、


笑った。


こっちを見ながら笑う人もいれば、


チラッと見てクスクス笑う人もいた。


私の顔が熱くなる。


顔を伏せながらドアの方へ歩き、


友紀ちゃんの両肩に手を置いた。


きょとんとした顔に、溜め息をつきたくなるのを飲み込んで、目をカッと見開く。


「恥ずかしいからやめて!」





視線が痛いから、廊下の隅へと引っ張った。


友紀ちゃんは意味が分からないみたいに、目をまんまるくさせている。


「お母さんってなによ?」


私がちょっとキツめに訊いたのにも関わらず、綺麗に笑って見せた。


歩乃香がマーガレット、柚奈がひまわりだとしたら友紀ちゃんは……そう


たんほぽとかシロツメクサ。


なんで、そんな風に笑えるんだろう。


友紀ちゃんの目を見つめる。


「だって、なんだか溝口ちゃんがお母さんみたいだったから!」


幼い、あどけなさの残る笑顔。


自分が汚れた人間みたいに思えてならない。


さらに昨日のことが思い出され、なんだか胸が痒い。


らしくないことをしたとは思ってる。


思ってるから、それを改めて再確認させないで!


「うれしかったんだよね……。ありがとう。」


「大袈裟だよ!」


無図痒い。


無図痒いけど、嫌じゃない。


嫌じゃない痒さに戸惑う。


「一瑠お母さん、だね。」


「お願い。お母さんはやめて!恥ずかしいから」


「じゃあ、一瑠」


ふいに締まった声で名前を呼ばれ、固まってしまう。


「一瑠って、呼んでいい?」


「うん……。」


友紀ちゃんは歯を見せて笑った。


胸の中に痒さが残る。
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