Under The Darkness
15
聞こえてきた低い恫喝の声。
声色に含まれる常にない厳しさに、深淵に沈んでいた私の意識が浮上を始める。
静逸《せいいつ》な室内に響く怒気を押し殺したその鋭い声に、私はうっすらと目を開けた。
煌々としていた照明がいつの間にか消されていることに気付く。
仄暗い室内、ズボンだけ履いた京介君の姿が目に映る。
朧な月明かりを浴びて、ベッド脇に足を組んで座る京介君の肢体が、闇に溶け込むのを拒むように仄かな光を宿して見えた。
私からは京介君の後ろ姿しか見えていないが、心ならずも彼に目を奪われる。
一切の無駄を削ぎ落とした強靱な筋肉に包まれた肢体は、緻密《ちみつ》に造られた芸術品に似た美しさがあり、ぼうっと魅入ってしまう。
純粋に、綺麗な男だと思う。
けれど、綺麗なものには棘があるということわざ通り、彼はとても鋭い牙を隠し持っている。
優等生で爽やかな笑顔の裏に、狡猾で獰猛なケダモノを飼っているんだ。
私はそれを身をもって知った。
鉛を流し込まれたように、彼の牙で喰い荒らされた私の身体は動かない。
じっとしたまま、電話を手に話し込む京介君に意識を向けた。
「……逃げただと?」
注意深く声を潜め、こちらへと振り向く気配がして、咄嗟に目を閉じ眠ったふりをする。
「……田口組は私が追い詰めた。そのネタを警察にリークしたのは私だ。――――チッ。沢渡会が手を貸したのか。……それで、彼女を?」
――――あれだけいたぶり放置したのに。死ななかったのか。
忌々しげに呟く怨嗟の声に、私の背が恐怖に撓《しな》った。
「しぶとい男だ。追え。決して逃がすな。必ず捕らえろ」
京介君が動く気配がした。
足音無く近付いてくる。
起きていることがバレないように、私は貝のようにぎゅっと目を閉じた。
ベッド脇に京介君がしゃがみ込んだのが気配で分かった。
視線を感じて息を殺す。
「……美里さん」
ささめくように名を呼ばれる。
先ほどみせた、静かで、けれど、鬼気迫るような憤激を内包した声とは違い、優しい韻律で囁かれる私の名に、恐怖よりも甘い何かが胸の鼓動をみるみる加速させてゆくようで。
眠ったふりをしながら、私は困惑してしまう。
「私は貴女の存在を消したいわけじゃない。心のない人形が欲しいわけでもない。本当は、傷つけたいわけでも、身体だけが欲しいわけでもない」
私の髪を優しく、労《いたわ》るような仕草で撫で上げ、そして、ひんやりとした掌が私の頬を包み込む。
私の意識がないと思って、京介君は隠していた自分の本心を吐露してるんだと、さらに胸の鼓動が高鳴った。
「美里さん。私は間違ったのでしょうか」
薄い瞼《まぶた》の向こう側に月明かりが透けて見えていたのに、それが京介君の肢体で翳り、瞼の裏側は、今、闇に包まれていた。
感じる京介君の吐息。
吐息が肌に触れるほど、光が瞼を透過出来ないほど、そんな近しい距離に、京介君がいるのだと感じて。
呼吸が止まりそうになるくらい心乱れてしまう。
「愛で貴女の心が離れていくのなら、憎しみで貴女の心を縛ろうとした。けれど、貴女はやはり私から離れようとする」
ギシリと軋むベッドの音。
京介君が私の左手を掬い上げた。