あれから怒濤の一ヶ月が過ぎた。
 全身が映る大きな鏡に映った自分を見つめながら、私はもう一度自問自答してみる。

「私は鷹城さんが好き?」

 答えはイエスだ。
 正直に言うと、誰にも渡したくないくらい大好き。
 私を大切にしてくれるし、ちょっと……どころか、かなり強引だけども、そんな所も引っくるめて大好きだ。

「じゃあ、納得してる?」

 その問いには、はっきり「ノー」と答える。
 溜息交じりに、私は左手の薬指に飾られたリングを見つめた。
 明日、ここには別のリングがはめられる。
 今の指輪は、サラリーマンの初任給の何ヶ月分どころか何年分だと問い詰めたくなるほどに大きなダイヤが嵌まった、豪奢な立て爪のリング。
 婚約指輪として貰ったものだった。
 そして、もう一度、鏡の中の自分と対峙する。

 幸せの象徴とも言える真っ白なドレスを身に纏い、猫足の椅子に腰掛ける、憂い顔の私。

 単純に、これから先も彼とずっと一緒にいられるのは凄く嬉しいんだ。でも、海洋学の勉強をしたくて必死になって入学した大学とか。
 もう行けなくなるのかなって考えたら、浮かれてばかりではいられなかった。

「私、海洋学者になりたかったんだよなー」

 独り言が口を吐く。
 小学生の頃、水質汚染によって海の生態系が崩れ、イルカを含めた多くの海洋生物達が死んでゆく映像を見せられて、私、絶対海洋学者になってイルカ達を守るんだ!
 なんて、子供じみた使命感に燃えて。けれど、大人になった今でも、その情熱は変わってなくて。
 私はそっと、指輪の嵌まった手のひらで下腹部に触れた。

 ――――生理が……遅れてるんだよなー。

 まだ検査していないし鷹城さんにも言ってない。
 けれど、予感はある。
 もし子供が出来てたら、大学で勉強なんて出来ないんじゃないか。
 そう考えてしまって、また重い吐息が口から漏れた。

「寧音」

 扉を開けて入ってきたのは、たかじょ、じゃないや。

 ――――総一郎さん。

 鷹城さんって呼ぶのを禁止されて、半ば強制的に名前で呼ばされてる。
 まあ、これからは私も『鷹城さん』になる訳だけだから、もちろん納得はしてるんだけどね。
 総一郎さんは、ウェディングドレスに身を包む私を見て、嬉しそうに顔を綻ばせた。

「最後の衣装合わせとか必要なかったんじゃない?」

「疲れましたか?」

「うん。ちょっとね」

 大丈夫ですか? と気遣わしげな顔をして聞いてくるから、大丈夫、と微笑んだ。
 ムカムカ吐き気がして仕方ない、とは言わない。

 ――――まだ。

 余計な期待させちゃ悪いしね。

「明日、ですね」

 感慨深げな彼の言葉に、私は頷いた。

 ――――明日、私は彼の所へ嫁に行く。

 このホテルのチャペルで、式を挙げる。
大学の友達を呼んで、アットホームな式にする予定。浩紀に結婚すると告げた時、『やっぱりな』って、嫁に出す父親みたいな顔して泣き笑いを浮かべてた。思い出してクスリと笑みがこぼれる。そして、また気鬱なため息をついてしまう。親しい友達と、今までみたいに頻繁に会えなくなるのかなって思うと寂しくなった。

「総一郎さん、私ね、大学は卒業したいの」

 痼《しこ》りのように心に引っかかっていた想いを伝える。

「もちろん、そのつもりです」

 そう言って頷いてくれるんだけど。

「でもね、もし……結婚して子供が出来ちゃったら、学校行けなくなるよ」

「そんなもの。休学してもいいですし、ベビーシッター制度も上手く利用しながら、通える時に通ったら良い。いくらでも手はありますよ。大丈夫」

 その答えに、私はバッと顔を上げた。

「え? いいの? 子供がいても、私、学校に通える?」

「もちろんです。僕も出来るだけ手助けします。寧音は寧音の夢を叶えて下さい。僕は協力を惜しみません」

「ありがとう!!」

 嬉しくて声が弾む。自分の夢を諦めなくてもいいと言ってくれて、思わず涙が滲んでしまう。

「寧音は気が早い。子供はすぐにでも欲しいですが」

「……そうだね。気が早かったね」

 私は傍らに立つ彼の腰に手をまわして、緩く抱きついた。
 そして、ふふっと含み笑う。
 恐らく、あと数日もしたら、鷹城さんに嬉しい報告が出来るだろう。

 その時、貴方はどんな顔を見せてくれるかな?

 きっと今、私の顔に浮かぶ笑みは、世の花嫁さんと同じ幸せな笑みのはず。

 来年には家族がひとり、増えているかも知れない。

 嬉しくなって、鷹城さんが好きと言ってくれた笑顔を返す。
 傲慢で、自分勝手で、横暴で、独占欲が半端なくて、笑っちゃうくらい片付けも料理も出来なくて。
 その上、私のことが好きすぎて、犯罪チックなことも平気でしでかす男だけれど。
 そんな貴方に惚れてしまった私は、やっぱりダメンズウォーカーなのかもしれない。

 でも、それでいい。

 そんな貴方の元に、私――――。



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