明日、嫁に行きます!

「でね、お母さんってね、変わってるの。お父さんのことがすごく好きなんだけどね、どこが好きかって聞いたら、ハムスターが滑車回してるようにしか見えない、そんなお父さんが可愛くて好きとか言うんだ。全然意味分かんないし。ねえ、鷹城さん、聞いてる?」

 困ったようにふふっと笑う鷹城さん。私もつられてへらっと笑う。

「でねでね、妹のサラもね、お母さんと同じで年上好きなんだ。あ、この前家で会ったでしょ、妹のサラ。私と同じ紫の瞳の子。サラ、お母さん似なの、顔も性格も。ふふっ、サラってお母さんのミニチュア版なんだ。あの子ね、スゴいんだよ。家族で一番美人だし、気立ても良いし、優しいし、高校一の秀才だし、記憶力半端ないし、私の自慢の妹なんだ。でね、私、顔はお母さん似だけど、性格はお父さん似みたいなの。ふふっ」

 楽しい。
 機関銃のように話す口が止まらない。
 鷹城さん、ずっと聞き役に回ってくれてるんだけど、脈絡なく無秩序に話しまくる私を、ずっと嬉しそうに眺めていて。だから私、よけいに楽しくて、遠慮という概念が綺麗にどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
 グイッと煽ったグラスをテーブルに置いて、酒臭い息を吐きながら鷹城さんに目を向ける。
 そのままぐるぐる回り続ける視界と共に、ふらつく重たい頭がコテンと横に倒れてしまった。
 あれ?
 私の顔がきょとんとなる。

 ――――鷹城さんどーしたんだろ。首を傾げて、しょーがないなって顔をして、苦笑? 浮かべてる。

「……寧音。大丈夫ですか? 貴女、かなり飲みましたよ。そろそろやめた方が良い」

「だーいじょうぶ。フランスで子供の頃からワイン飲んでたもーん」

 それにしても。
 おっかしいなあ。鷹城さん、結構飲んだのに。私もかなり飲んだけど、鷹城さん潰れてない。最初とちっとも変わってない。
 バーボンの空き瓶がすでに3本、足元に転がっている。
 今私が飲んでるのは赤ワイン。
 ワインは強いんだから。
 私はフフッとほくそ笑んだ。

「ねえ、鷹城さん。鷹城さんは、今までどんな女の人と付き合ったの?」

 教えて教えてと、彼の腕に甘えてみる。

「面白くないですよ。みんな身体の関係だけでしたから」

 ――――それ以上は望まなかった。

 そう言って、鷹城さんは苦い笑みを浮かべた。

「なーんだ。オトナの関係ってやつかー」

 心の何処かで、よかったと安堵する自分がいる。けれど、そんな女性達が羨ましいとも思う。
 だって、カラダだけでも鷹城さんに欲してもらえたんだから。
 ちくしょーっとボトルを掴み、空のグラスにワインを注ごうとした私の腕が、鷹城さんに掴まれる。

「ストップ。寧音。もうダメだ。それ以上飲んだら潰れます」

「……はあぁぅ、そっかぁ。もうダメかあ。やっぱり鷹城さんには敵わないかあ」

 とうとう鷹城さんの口からは『ストップ』と制止の声があがってしまう。自分でもそろそろ限界を感じていたので、『完敗です』と素直に白旗をあげた。

「約束だったね。鷹城さん、私の秘密、知りたい? ふふっ、ふたつあるの。最初のひとつ、教えてあげる。あのね、」

 立ち上がろうとしてクラリと蹌踉めく。掴まれた腕ごと鷹城さんの胸に倒れ込む。
 フラフラする視界の中、「うぅ……」と呻き声を上げながら、よじ登るようにして彼の肩に顔を置いた。

「私ね、ホントはね、」

 鼓動が速さを増し、大きくなる。潜めた声が震えていた。緊張に渇いた喉を潤すように、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 ――――私、鷹城さんが好きなの。

 意を決し、彼の耳朶へとささめくように、胸の奥で燻《くすぶ》り続ける想いを伝えた。

 瞬間、鷹城さんの身体がビクッと揺れる。
 鷹城さん、動揺……してるの?

 ――――この人が好き。鷹城さんが好き。自分だけのものにしたいくらい、大好き。だから、お願い。

 切ないほどに狂おしい衝動に突き動かされ、全体重をかけて彼の身体を押し倒した。バランスを崩した彼の身体が後ろに引き倒される。私を守るようにして、鷹城さんの腕が私の背中へと回される。
 私は鷹城さんの耳元へ、甘えるように唇を寄せて、

「……ねえ、抱いて?」

 そう囁いた。
 眼鏡の奥の双眸が驚きに見開かれる。

「……酔っ払いが」

 激情を必死で抑えつけるような、そんなイライラとした低い声。

「……お願い……」

 鷹城さんの首筋に顔をきつく埋めて、離れてやるもんかと、回した腕の力をぎゅうっと強くした。

「後悔しても知りませんよ?」

 私を抱きしめる彼の腕が、身体の曲線を確かめるようにして背中の上を卑猥に這う。鷹城さんを間近に見下ろす私の目が、狂暴な熱を灯した彼の眸に囚われる。蕩けるような婀娜めく視線で射貫かれて、凝《こご》った願いが身体の外へと溢れ出そうになる。

「後悔なんかしないよ」

 だって貴方は、私が欲した初めての人だから。
 だから、後悔なんてしない。

 震えだす身体を誤魔化すように、落ちてゆく顔を少しだけ斜めに向けて、私は彼の唇を奪った。

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