マッタリ=1ダース【1p集】

第2話、路上の嗜み

「あと十数手で、詰むよ」

二人のみすぼらしい老人が、木箱を椅子代わりにして、ウンウン唸りながら向かい合っている。

一人はブルーのジャンバーを着て、木箱の上であぐらをかいている。もみあげ付近が痒いらしく、ボリボリと音を出して掻きむしっていた。

そしてもう一人は上半身が薄汚れた下着一枚で、阪神タイガースの野球帽を反対向きにかぶり、貧乏揺すりが収まらない。


今はブルーのジャンパーを着た老人の手番だ。群衆が固唾を飲んで、次の一手に注目している。


公園に広げた将棋盤。

夜な夜な虫が群がる街灯の光を頼りに、ホームレスたちがそこに集う。汗と下水のような臭いが混ざり合って、鼻につく。


「角を切ればいいよ。そうしたら、飛車が成り込める」

小声で言ったつもりだったが、対局している二人に聞こえたのかも知れない。


私は出張帰りの、ただのサラリーマンだった。勿論、窮屈なネクタイは外してある。

入社したばかりの頃、たまたま通った公園が賑わっていたので、少し立ち寄ってみただけなのだ。


「兄さん、よく手が見えるね」

犬を連れたホームレスが、黄ばんだ歯の隙間を露わにして言う。


「たまたまですよ」

たまたまではない。

私は当時、既に将棋のアマ二段だった。現在はアマ五段で、趣味程度の人では私を倒せない。


将棋盤の縁に、小銭が置いてある。

数百円ずつだ。


「賭けてるんだよ。あの二人」

「そうなんですか」

「兄さん。俺たちはアルミ缶を千個集めて、五百円になるかならないかの世界なんだよ」

あの二人にとってみれば、大金に他ならない。しかし私には、たかが小銭だ。


ピシィッ。


思いつめた挙句、ブルーの老人は角を切って、飛車を敵陣に成り込んだ。

「おお!」

歓声があがる。


勝負は着いた。私なら……もう、指さない。


しかし……、である。

野球帽の老人は、投了しない。
ブルーのジャンパーの老人も、席を立たない。

二人はまだ勝負を続けていた。
それも、楽しそうに。


この公園の明かりに照らされて、私は自らを恥じた。

彼らが指す将棋の駒は、間違いなく、生きていたのだ。



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