偽装結婚の行方
「嫌なら言わなくていいけどね」


尚美を苦しめちゃ可哀相だから、俺はすぐにそう言った。すると尚美は、驚いたみたいで目を大きく開いて俺を見た。


「いいんですか? 巻き込んじゃったのに?」

「ああ。だって、色々と事情があるだろうしさ」

「やっぱり優しいですね?」

「俺がか?」

「はい」

「そんな事ないって……」


至近距離で尚美に見つめられ、俺は照れ臭くて彼女の視線を外すと、壁のカレンダーの辺りに目をやった。見ちゃいないけども。


「その人に迷惑を掛けるから、やっぱり名前は言えません。なぜなら、その人には……」


尚美は、なぜかそこでいったん言葉を切った。そして、


「奥さんがいるんです」


と続けた。そこだけ彼女の声が低く、絞り出すように聞こえたのは、俺の思い過ごしだろうか。


思わず「えっ?」と言って俺が尚美を見ると、今度は彼女が俺の視線を外し、下を向いてしまった。


男に奥さんがいるという事は、つまり……不倫!?


「軽蔑ですよね?」


尚美は下を向いたままそう言ったが、俺は何と返していいか分からなかった。

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